5月

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5月

今や桜も散り、青々とした葉が生い茂っている。希輝は白に近いピンク色の桜も好きだが、濃い緑に変わっていく黄緑色の葉の方が好きだった。 希輝は、去年よりか少し背が伸びた。母と並んでみても、そう大差は無いように見える。元々母は背が高い方では無いが。 「希輝は背が伸びたよね」 「な、何いきなり…」 手馴れた手つきでゲームをしている兄を見ていたら、突然そんな事を言われた。 「お兄ちゃんだって高いじゃん。170はあるでしょ」 「そんなに無いよ。169くらい」 「それ、大して変わり無いから…」 「あはは、そうだね」 希輝は背が高くなりたいと思った事はあまりない。 そりゃ、男としては低いよりか高い方が良いかもしれないけど、背が低くたって高い物を取る時には踏台を使えばいい話だし、身長が変わらないのであれば、洋服をボロボロになるまで着れる。 でも、彼女とかが出来たら背は高い方が良いだろう。 彼女。 あまり考えた事も無かったが、希輝もそういう事は少しくらい気にする。それでも、イマイチ好み等は無く、好きな性格はと聞かれても、優しい人以外に見つからない。 そういえば、京吾は彼女とか恋人が居た事があっただろうか。 京吾はイケメン程では無いが、顔立ちはそこそこ整っているし頭も良い。性格も優しくて気遣いが出来るので、彼女の一人や二人くらいはいても不思議では無い。 「そろそろお昼ご飯にするか。オムライスで良い?」 「手伝う」 「有難う。じゃあ、卵割って溶いといて」 そういえば、手先も器用な方だった。 希輝は料理は得意という訳でもなく、下手でも無い。 世に言う恋バナというのをしてみたくなった。普段は他人にそんな話は滅多に持ち掛けないが、京吾には心を許しているからなのか、そんなどうでもいい話すらしてみたくなる。 「スプーンテーブルに持って行って」 「何か飲み物飲む?」 「冷蔵庫にカルピスあったからそれ飲もう」 大きなテーブルに向かいあって座り、手をパチンと合わせて「いただきます」と言うと、京吾が「はい」と返事をする。 「ねぇお兄ちゃん」 「ん?」 オムライスを大きなスプーンで口に運ぶ。半熟のオムレツが口の中で蕩けて美味しい。 「お兄ちゃんてさ、彼女とか居た事ある?」 「希輝からそんな話してくるなんて珍しい。気になる人でもいるの?」 「いないし。お兄ちゃんはどうなの」 「今までいた事は無いよ」 「そうなんだ」 「どうしてそんな事を聞いてきたの?」 「いや、ちょっとね。それに、お兄ちゃんならいても不思議じゃないと思って」 「そうかな?俺よりもかっこいい人は沢山いるけど」 「中身も大事でしょ」 「あははは。うん、その通りだ」 ザァッ 窓の外で木が激しく揺れる。 「わぁっ凄い風だ」 「洗濯物、飛ばされてないかな」 「ちょっと見に行ってくるよ」 そう言うと、京吾は足早に二階へ駆け上がって行った。 後で京吾と一緒にゲームでもやろうかと思い、食器を流しに運んでからゲームを始める準備をする。 何故、あんな話をしたくなったのか自分でも分からない。兄とは何でも話せる仲だとは思っているが、ああいう話をした事は一度もない。 でも、京吾に彼女は想像出来ないような気がした。希輝には時々、京吾が不思議な人に見える時がある。 きっと、希輝にも知らない京吾が居るのだろう。 それからは、二人で他愛も無い話をしながらパーティーゲームをやった。
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