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7月
「あっっっち〜……」
「……」
梅雨も過ぎ、本格的な夏がやって来た。
このカンカン照りの中、外を歩く人達に同情してしまいたくなるくらい、暑くなった。同情なんかしたら、お前は涼しそうで良いな。なんて睨まれてしまいそうだ。
「もう水筒の水残ってねーよ……。このまま行ったら俺、いつか死ぬわ」
「何か、飲んでく?」
「ん。いや……、いーわ。てかお前、マジで涼し気な顔してんな」
「エアコン付けてるし」
「ずりー。俺なんてこの炎天下の中、遠い道のりを歩いて態々お前ん家に寄ってんのに」
「寄らなくてもいいよ。暑いし大変でしょ」
「んー……。いや……」
相変わらず、咲久は何がそんなに楽しいのかこの暑い中、汗だくになってまでもプリントを届けに来てくれる。お礼を言うべきだろうが、これで熱中症にでもなってしまったら大変だ。近所と言えども、学校から咲久の家に帰る間、希輝の家は無い。希輝の家の方がほんの少し遠いのだ。
「そろそろ、水泳の授業始まるから良いけど」
「あー、水泳……」
「雨髄、泳げなかったっけ」
「うん」
「て事は、お前運動全般出来ねーんじゃん」
「うっ……」
運動なんて嫌いだ。早く走れないし、体力も持たない。それなら尚更、水の中を泳ぐなんて出来るわけがない。そもそも、人間は陸で生きる生き物なのに、何故泳ぐ必要があるのか。
競泳選手になりたいとかならまだ分かるが、海とかプールでは浮き輪を使えば良いのでは…?
しかも、運動をしている時の顔や動きと言ったら。運動会のビデオを見ている時、無我夢中で走っている自分の顔付きを見て幻滅したし、学校で平泳ぎを習った時は、足が蛙みたいで……何と言うか……。希輝は蛙も苦手なので、ゾワッとした。
(いやスポーツ選手とか、運動が好きな人には本当に申し訳無いんだけど)
「てか、僕が運動出来ない事知ってたんだ」
「うん。だって雨髄、クラスマッチん時同じチームの奴にボロくそに言われてたじゃん」
だから、この人はどうしてそうやって人のトラウマを抉って来るのか。
中学一年生の春頃に、その地獄の行事は行われた。
クラスマッチでは、学年のクラスごとに別れて色んなスポーツでの試合が行われる。その時の試合は、バスケットボールだった。だが、希輝はバスケなんて小学校の体育の時間にほんの少しやっただけで、クラスの中で組まされたチームの中で確実に希輝が足を引っ張っていた。
ドリブルは出来ず、直ぐにボールを取られ、パスも仲間の立っている所までボールが届かず相手に取られ、シュートなんて、ボールがゴールに掠りもしない。
そんな訳だから、後半希輝はボールに一切触ること無く、皆があっちに行ったりこっちに行ったりしているのを追い掛けているだけだった。自分の運動神経の悪さを改めて思い知らされた事と、仲間の足を引っ張っている事に自分を責めたが、 それよりも一番悲しかったのが、同じチーム内のとある一人の男子が咲久に自分の事を愚痴っている事だった。
咲久と同様、クラスの中心的存在で、仲の良い奴には親しくするものの、自分よりも下だと見た奴にはとことん嫌う。希輝の最も苦手とするようなタイプの奴だった。
「俺のチームマジ弱い奴ばっか。特に雨髄って奴。あいつのせいで負けてばかりなんですけどー」
「マジかー。俺んとこは男子も普通に運動神経良いし、女子もバスケ部の奴居るから有利だな」
「はー、ずりー。そっちの一人くれよ。てか、雨髄もう動かないでくれねーかな。棒立ちでさ、応援でもしとけって」
こっちには聞こえてないとでも思ったのか、咲久にベラベラと自分の愚痴を話し続けた。試合中も、イライラしている事は何となく分かってはいたが、チーム以外の、しかも咲久にそんな事を話すなんて。恥ずかしくて悔しくて、惨めにも泣きそうになった。
その日の帰り道、部活も無かったので咲久と帰ることになっていたが、一緒に歩きたくないと思い、こっそりと帰ろうとしたところ、あっさり見つかって一緒に帰ることになってしまった。その帰り道、希輝はもっと惨めな思いをした。
「今日のクラスマッチに、お前んとこのチームの本田が雨髄の事愚痴って来てさー。あんまりにも色々言うから、そんな事言うなって言ってやったから!」
それを聞いて、希輝が喜ぶとでも思ったのか。
今日の失態を思い出してしまい、一番知られたくなかった相手に慰められるなんて、恥ずかしく、自分がとても駄目な奴だと思ってしまった。咲久はただの守ってやったという自己満足に浸っているだけだ。
そんな事を言えるはずも無く、希輝は「ありがとう」と微塵も思っていない事を口に出した。
それからは、運動に限らず、チームと言うのが苦手になってしまった。
(嫌な事思い出したな……)
焼け付くような太陽の日差しが鬱陶しく、空を見上げてそれを少しだけ睨んだ。
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