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第五界 郵便屋さんと手紙の謎
ピピポーン
僕はとあるお宅のインターホンを鳴らす。
この家でこの町への配達物は最後。
もう何件も配達に周ったので、この独特なインターホンの音や、配達物を渡したり受け取るのにも僕はすっかり慣れていた。
「はーい」
中から返事が聞こえ、ガチャリと目の前のドアが開けられる。出てきたのはふわっふわの白い髪を二つに結び、頭の側面からくるっと丸まった角の生えた獣人の女性だった。
「異世界郵便局員です。こちらモリアト・ムムさんのお宅で間違いないでしょうか」
「えぇ。私がモリアト・ムムです。異世界から私宛てに郵便物ですか?」
僕はその問いにうなずくと、彼女宛ての手紙を差し出した。彼女はそれを受け取ると差出人の名前を不思議そうに見つめる。
「異世界から私に……これ、宛先間違えているってことってあったりしますか?」
宛先が間違えている? どういうことだ?
「私、過去に異世界の人と交流した記憶がないんです。だがら、私宛てに異世界から手紙が送られてくるなんて、それにこの差出人の名前も全然覚えがないんです」
異世界から送られた見知らぬ人からの手紙。
そんなものが送られてくること、あるのだろうか。
本当に宛先を間違えたのか? いや、でも宛先の名前と一致するし、この近辺に彼女と同じ名前、または似た名前の人はいないはず……
「あ、あの一緒に住んでる家族の方や、近くにお住いのご親戚の方に宛てた手紙を間違えた可能性はないでしょうか」
彼女は首をかしげて考え込む。でも、そんな可能性は見当たらなかったようだ。
「いえ、そもそもここで暮らしているのは私だけですし、親せきと異世界の人が交流をしていたとしても私の住んでるこの町に手紙が届く可能性はないと思います」
なるほど。だとしたら間違えという可能性は低いんじゃないか。
つまり、間違えなどない。ムムさんに宛てた手紙ということだ。
「それなら間違えじゃないんじゃない、ムム。開けてみなよ、その手紙。何かわかるかもしれないじゃん」
横から割って入ってくるフィナ。
おい、お客さんに対してその言葉はちょっと軽すぎるんじゃないか。
「あれ、フィナじゃない。何で郵便屋さんと?」
「私、郵便屋さんの手伝いしてるの。すごくない?」
両手を腰にあて、ふふんと鼻を鳴らすフィナ。
知り合いだったのか。しかし、そんなに自慢することでもないと思うけどな。うん。
「それで一緒に。なるほどね。それでこの手紙なんだけど、本当に開けてしまって大丈夫ですか?」
不安そうに聞いてくるムムさん。一応、宛名も宛先の住所も一致しているし、開けて問題はないだろう。
「大丈夫です。万一、中身がムムさん宛てではないと確定できるものでしたら、こちらで預かりますから」
僕の言葉を聞き、安心したのか彼女はその場で手紙を丁寧に開けた。中には青い花があしらわれたシンプルな三枚の便せんが入っていた。
二つ折りになった便せんを開き、彼女は手紙を読み始める。
「……私宛てです。『ムムへ』ってしっかりと書いてあります」
どうやら間違いではなかったようだ。よかった。
「でも、本当にこの方のこと、私は知らないんです。だから少しこわくて。どう思いますか、郵便屋さん」
どう思うって。そんなこと聞かれても……
「ふんふん、これは興味深い謎ですな! 旅人、これは異世界の郵便屋さんとして解決すべきなんじゃない! 一緒に謎解きしようよ!」
とんでもない提案をしてくるフィナ。
いやいや、これはさすがに僕の仕事の範囲外だろ。
謎解きなら探偵にでも頼んでくれ! 僕はただの郵便局員だ!
「え! 郵便屋さん、この件について調べてくださるのですか!」
救いのヒーローでも見るような目で僕を見つめるムムさん。
うぅ、何だこの雰囲気は。断りづらいじゃないか!
「わかりました。でもその手紙の内容、僕たちにも見せていただくことになりますけど大丈夫ですか」
「全然、大丈夫です。是非よろしくお願いします」
このとき僕はとても後悔したのだった。
あぁ。こんなことになるなら、フィナを連れてくるんじゃなかった、と。
さっそく僕とフィナ、ムムさんでこの手紙を読み、謎の分析を始める。
「ムムさん、手紙を読んでみて何か思い出したことはありますか」
僕はムムさんに問う。もしかしたら手紙を読んで差出人について思い出しているかもしれない。
「うーん、やっぱり読んでみても思い出せないです」
「そうですか……」
僕は彼女の返答に落胆する。このまま彼女が何も思い出せない状況が続けば、この謎を解くのは難しい。
手掛かりはこの手紙とムムさんの記憶しかないのだから。
「ねぇ、この手紙に書いてある『大きな大樹の下で君と木登りをした日のことは今でも忘れられません』ってやつ。これ、大樹って『祈りの木』のことじゃない」
『祈りの木』、確かフィナに案内してもらったときに一度見た。横に広く幹を伸ばす、とても大きな大樹。
一年の豊作を祈る祭りや、雨乞いの儀式などをする場所にもなっており、とても神聖でありがたい木なんだそう。近くにいるだけで何だかパワーをもらえるような、そんな木だった。
「祈りの木……昔、幼い頃あの木に登って遊んでいた記憶はあります」
「行ってみましょう。何か思い出せるかもしれない」
ほんのわずかだけど、謎に繫がるかもしれない糸口が見つかった。
僕たち三人はすぐにその『祈りの木』の場所まで向かうのだった。
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