第二界 旅立ちの日

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 どさっ 「うっ」  体に軽い衝撃が走り、僕は意識を取り戻す。  うつぶせに倒れた体を起こし、周りを観察する。  そこはまばゆく金色に輝く花々で一面覆い尽くされた花畑だった。  その見たこともない美しさに、僕は思わず目を奪われた。 「な、何だこれは……」  そしてはたと気づく。  そうだ、ここは異世界なのか。  どうやら無事に異世界への転移ができたようだった。  一応、身に着けた装備や郵便物を転移中に落としたりしていないか確認をとる。 「よし、全部あるな。よかった」  ホッとしたのもつかの間、 「よくないわ! あなたそこで何をしているの!」  僕は黄金色の髪をした少女に声をかけられた。  しかも、どう見ても怒っている。 「世界一美しいとされるルーレフラワーの花畑に無断で入り、あまつさえ盗もうとしているのでしょ! 許せないわ!」  彼女はふわふわの茶色の耳をぴくぴくさせながら僕を責める。  んん? 耳……が生えてる。  それによく見たら、背中からふさふさのしっぽが! 「ちょっと私の話を聞いているのかしら!」  僕は耳としっぽの衝撃から復帰し、意識を彼女へと向ける。彼女は怒りからか顔が赤くなっていた。 「ご、ごめん! その耳としっぽが衝撃的で」 「耳としっぽ? そんなの獣人なんだからあるに決まっているでしょ? 私をバカにしているのかしら」  ますます眉間にしわが寄り、敵意を向けてくる彼女。  まずい。このままじゃ仕事どころじゃなくなる!  どうにかこの状況を説明しないと! 「僕は異世界郵便局員で、この世界に来たばかりなんだ。その、だから、今この状況もまだよくわかってない」 「いせかいゆうびんきょくいん?」  彼女の敵意が緩む。  頼む! どうか伝わってくれ! 「あぁ! もしかして今日来るって噂だった異世界人の郵便屋さん!?」  彼女はぽんと手を打つと、納得の表情になった。 「どうりでこの世界では見かけない珍妙な格好をしてると思ったわ。ごめんなさい。まさかあなたが例の郵便屋さんだとは思わなくて」  申し訳なさそうに謝り、僕にすっと手を伸ばす彼女。  僕はその手をとって立ち上がると、真っすぐ彼女をみて挨拶をする。 「こちらこそ申し訳なかった。転移したのがたまたまこの花畑だったみたいです。結果的に無断で入る形になってしまって……」 「いえいえ。ここのルーレフラワーは美しいだけじゃなく、ちょっとやそっとじゃへこたれない強い花ですから。少し踏まれたくらい全然平気です」  彼女は誇らしげにそう言った。 「そうですか。それは安心しました。許していただきありがとうございます」  僕は今まで職場で鍛えてきた最高の営業スマイルを向ける。 「い、いいのよ。それに故意じゃなくて事故なんだし。あなたは悪くないわ」  彼女はそう答えると、照れているのか少し顔を赤らめつつ、彼女は僕の手をとった。 「勘違いしたお詫びにここのことを案内するわ。ついてきて」  そしてそのまま手を引き、僕に背を向けて茶色のもふっとしたしっぽをふりふりとさせながら歩き出す。  僕は手を引かれるがままに、彼女のあとを歩いていく。目の前のしっぽに意識を奪われながら。  あぁ、このもふもふ触りたいな……  っと、そうじゃない!  僕は危うくこのもふもふで自分の目的を忘れるところだった。  ここには郵便物を届け、受け取りに来た。  その任務、しっかりと遂行するんだぞ!  僕は改めて自分のやるべきことを確認し、再びあのもふもふのしっぽに意識がいかないように努める。  そして、僕は彼女の案内するルーレタウンへと向かうのだった。
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