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「やっぱり大きいですね……」
この木を見るのは二度目だが、それでもやはりその迫力に圧倒される。力強くて美しい木だ。
「ま、この町の名所の一つだからね。この木に祈ることで難しい病気が治った人もいるらしいから」
僕たち三人はその大きな木を見上げる。
「幼い頃はもっと大きな木に見えてたんですよね。高いところが好きで、どうにかてっぺんまで登りたくて。でもいつも大人に見つかって怒られてましたけど」
過去を思い出し、懐かしむ様子のムムさん。
「そういえばこの木にどちらが早くてっぺんまで登れるか一緒に競争してた子がいたな。私と同じ、羊の獣人の子。いつの間にかいなくなっちゃったから、お別れも言えなくて」
「羊の獣人?」
「えぇ、この地域ではめずらしいので町には私しかいないと思っていたんだけど、昔、一人だけいたんですよ。黒くてふわふわな髪の羊の獣人が」
それは僕も気づいていた。この町はフィナのような狐の獣人が多く住んでいて、ムムさんのような羊や馬、あとはうさぎの獣人がちらほらと住んでいるといった感じだった。
「それはめずらしいね。この町は狐の獣人ばかりだし。でも、私はムムさん以外の羊の獣人は知らないなぁ」
フィナは手紙を確認しつつ、彼女の話に耳を傾ける。
「……ねぇ、手紙に『タイムカプセルを埋めた』って書いてあったけど、これに関しては何かわかる? 大体、タイムカプセルって何なのか全然わからないのよね」
タイムカプセルがわからない?
「そうなの。それ、私も気になったの。タイムカプセルなんて聞いたことがなくて。埋めたって書いてあるし、何だかこわくって」
「それだ!」
僕の頭の中でだんだんと謎のパズルのピースが埋まっていく。たぶん、僕の考える通りなら、そのタイムカプセルを見つけることができれば全てが繫がる!
「なっ、何よ、いきなり大きな声だして」
「いいからフィナ、スコップとか何か地面を掘れるものあったりしないか」
僕は興奮気味にフィナに訪ねた。
「えっと、祭りのときに使う道具小屋にスコップとかも置いてあった気がする」
「よし。急いで借りに行くぞ!」
僕は説明もなしにスコップを急いで借りにいった。
タイムカプセルに全ての希望を抱きながら。
スコップは意外とすんなりと貸してもらえた。
僕はムムさんとフィナにそれぞれスコップを渡すと手紙で埋めたとされる場所を掘り始めた。
「だ、大丈夫なんですか。ここ、神聖な木のそばですよ」
「見つかったら確実に怒られる。ねぇ、旅人。私たちにも説明してよ」
「だから早く掘って、見つけて元通りに戻さなくちゃだろ。とりあえず手を動かしてほしい。見つかって中身を見ればきっとわかるから」
僕は二人の意見を受け流し、一心不乱に指定された場所を掘る。その様子を見て、二人も仕方ないとばかりに一緒に掘り進めていった。
ガツン
何かがスコップに当たる。僕は周りの土をよけ、そのかたい物体を取り出した。
「何ですか、その缶からは」
不思議そうな目でそれを見る二人。
僕は汗と土で泥だらけになった顔を袖でぬぐい、その缶をムムさんに渡した。
「これがタイムカプセル。過去からのムムさんへの届け物です」
タイムカプセルを掘り起こした僕たちは急いで掘った穴を元通りに戻していった。
そして、作業が終わってすぐにムムさんが僕に問いかける。
「先ほど、このボロボロの缶が過去からの届け物だとおっしゃいましたよね」
「えぇ、そうです。タイムカプセルというのは未来の自分に宛てて埋める宝箱のようなものなんです。でも、今回のはきっと……」
ムムさんはゆっくりとそのタイムカプセルを開ける。すると、中には一枚の写真とメモが入っていた。
「これは……」
写真に写っていた二人。それは幼い頃のムムさんと黒くふわふわの髪の男の子だった。
メモには、『ありがとう。おとなになったらまたムムにあいにいくからね』と書かれていた。
「あのときの……羊の獣人の子だわ」
ムムさんは目に涙を浮かべ、その写真を嬉しそうに見つめていた。
「なるほど。そういうことね」
納得した様子のフィナ。
そう、この手紙の差出人は彼女の言っていた昔、一緒に遊んだことのある黒い羊の獣人の子。いや、僕と同じ世界に住む人間の子どもだったのだろう。
そして、おそらくこのタイムカプセルは過去の彼から今のムムさんへの未来への贈り物だ。
「幼い獣人の子は特徴である耳や角、しっぽなどの大きさが小さく、一見すると人間のように見えなくもなかったわ。彼の場合、髪型が羊の獣人に近かったからムムさんは勘違いをしていた、ということね」
僕の推測は当たっていた。
幼い頃の記憶なら曖昧になってしまっていてもおかしくはない。
だからこう考えたのだ。彼女は彼に会ったことがないのではなく、会ったことはあるが、彼とその人物がうまく繫がらず認識できていないのだと。
ムムさんへの手紙の内容。過去の別れもいえずに消えてしまった獣人の子の話。そして、思い出の祈りの木に埋められたタイムカプセル。
そのタイムカプセルの中で眠っていた二人の写真と過去の彼からのメッセージ。
全てが繫がり、無事に彼女の元へと届けられた。
「手紙の『大人になっても会いに来られなくてごめんね』ってそういうことだったのね」
どうやら差出人の想いはしっかりと彼女に伝わったようだ。
「ありがとうございました。この謎を郵便屋さんが解いてくださらなかったら、ずっとこのことを誤解したままでした。彼の想いが届くこともなかった。本当に感謝してます」
涙をぬぐいながら笑顔で私にお礼を述べるムムさん。
「いえ、僕もムムさんに全てをお届けすることができて嬉しく思っていますから」
僕にできることなんて依頼されたものを届け、預かることだけだと思っていた。でも今回、悩む彼女の力になることができ、心からよかったと思った。
異世界だからこそ、届きにくくなってしまう想いもあると気づくことができたから。
僕の仕事はもしかしたら依頼主の想いを届ける手助けをすることなのかもしれない。
「あ、旅人も泣いてる! なんであなたが泣くのよ!」
「だって、改めて思ったんだよ。違う世界で生きてるのに、こうして手紙で想いが届いて伝わるなんて、すごいなって」
ずっと退屈な仕事だと思っていた。届けて預かって、それを整理してまた届けて。単純でつまらないと。
でも、今、自分の届けた手紙で二つの世界を繋がる瞬間を見て、感動したのだった。
すごい仕事だって。僕は初めて自分の仕事を誇らしく感じた。
「そうだね。旅人はすごいよ。今までここに来た異世界の郵便屋さんで一番、優しくて素敵な郵便屋さんだよ」
フィナは僕の手をそっと優しく握ると、ムムさんにおじぎをする。
「そろそろ帰らないと。今日はお疲れ様。手紙、私も協力できてよかった」
「フィナもありがとう。二人のお蔭だよ。本当に」
幸せそうなムムさんの笑顔に僕も自然と笑顔になった。
「こちらこそ、ありがとうございました」
僕はムムさんに礼をし、フィナの手を軽く握り返した。
そして、一緒に夕飯を作って待っていてくれる彼女の家に急ぐのだった。
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