第一界 任命式

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第一界 任命式

「本日から君を異世界郵便局員になることを任命する。国から直々の任命だぞ! おめでとう、伊世 旅人(いせ たびと)くん!」  やけに豪華な任命書と共に、僕は局長からゴムバンド製の時計を受け取る。 「はぁ。異世界郵便局員、ですか」  噂では聞いていたが、本当に存在するとは……  異世界郵便局員。その名の通り、異世界の郵便物を配達する郵便屋のことである。  異世界の存在すら、空想上のものだと一般的にはいわれているため、ばかばかしい話だとスルーしていたのに。  というか、本当の話なのか? 僕が使えないから適当に任命とかいって、海外とかに飛ばすつもりなんじゃないか? 「不安そうな表情だな。とっても名誉なことなのだぞ。なにせ異世界郵便局員はまだ世界でもたったの5人しかいない貴重な仕事だ。そして君で6人目。我が国である『ポポン』では初なのだぞ!」  自分のことのように大喜びした様子で言う局長。  うちの局からポポン初の人材が出たのだから、そりゃ喜ぶか。給与もやっぱ増えんのかな。 「いや、その『異世界郵便局員』っていうのが、本当に存在してたのが驚きで。未だに疑ってますよ。それに僕が何で選ばれたのかもわからないですし」  その問いに対し、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて所長は答えた。 「そんなの決まってるじゃないか。君に素質があるからだよ」  素質……  めちゃくちゃ曖昧な理由だな。  異世界郵便局員の素質ってなんだよ。  意味不明すぎる。 「てことで、もう任命式は今ので終わったから明日から早速、伊世くんには異世界に行ってもらうからね~」 「あ、明日から!?」  そりゃいくらなんでも急すぎだろ! 心の準備とか、あと他にもいろいろやるべきことが…… 「うん。もう異世界パスポートも作成済みで保険にもしっかり入ったし、装備も届いてる。まぁ、向こうについちゃえばあとは慣れるだけだから何とかなるよ!」  局長はへたくそなウインクをしながら僕にグーサインを出す。  白鬚を蓄えたいい歳した爺さんが何をやってんだか。どういう対応したらいいかわかんねぇよ。  俺はとりあえず無理やり口角を引き上げて、ぎこちない笑みを返しておいた。 「は、ははは。何とかなる、ですか」 「うん。大丈夫! 伊世くんなら!」  何にも大丈夫な要素ないですが!  不安しかねぇ…… 「あ、明日の出発の前に言っとかないといけないことがあったんだ」  思い出したようにポンと手を打つ局長。 「何ですか。やっておかないといけないことって」 「その任命書と一緒に渡した特殊ゴム製の時計があるだろう」  僕は局長の言うゴムバンドの時計を見る。  一見、何の変哲もないデジタル時計に見えるが…… 「それね、自動でその世界の時間がわかる時計になってて、しかも高性能な通信機器も搭載しているんだよ。あらゆる環境への耐性がついてるから、いつでもどこでもずっと着けていられる。その上、君の健康状態もその時計でわかっちゃうんだ」  通信機器に健康状態? この時計にそんな機能があるのか。 「異世界で別の世界に行っても余裕で通信できちゃう優れもの。もう必要な連絡先は登録済みだから、何かあれば異世界でも気軽に連絡ちょうだいね」  異世界でも連絡とれるとか、確かにすごい時計だ。 「んで、やっといてほしい重要なことは二つ。一つ目はその時計に現在の身長、体重などもろもろのパーソナルデータを設定しておくこと」  パーソナルデータを設定、か。  ん? この時計にどうやって設定するんだ? 「この時計、どこから設定できるんでしょうか」 「あぁ、時計の表示されている画面をタップすればメニュー画面がホログラムで表示されるからそこから入力できるよ。任務をするのにも重要なことだからしっかり正確に入れること」  僕は試しに局長に言われた通り、時計の画面をタップしてみる。  時計画面の上にみょんっとホログラム画面が表示された。メニューのボタンを手で触れるとしっかりと反応し、指定した画面が表示される。  これほどまで進化してたのか、国の技術は…… 「操作は難しくないし、すぐに慣れると思うよ」  驚きと興奮で目を輝かせる僕を見て、局長は嬉しそうに言う。 「で、今から重要なこと言うからちゃんと聞いてね」 いつになく真剣な表情に変わる局長。  ピンと張りつめた空気が流れる。  僕は画面を閉じ、局長を真っすぐに見た。 「異世界に行った君の健康状態はそのバンドからこちらで常時、通信・観察をするよう準備している。君に何かあったときすぐに対処できるようにね。繰り返すけど設定は慎重に。君の健康と命に関わることだからね」  なるほど。それは重要だな。  僕の命に関わることだしな。……ん、命? 「二つ目、これは万が一のためのことだけど大事だよ。もし、君が異世界で死んじゃったときのため、家族とか友達とかに遺書を書いておいてね」  は……? 遺書? 「こちらも最大限のサポートをつけるから死ぬ可能性は低いとは思うけど。念のため、ね」  念のため、ね。って何だそりゃ!! 「そんなに危険な任務なんですか! 拒否したいです! 僕、まだまだ死にたくありませんから!!」  必死に任務を拒む僕。  当たり前だ。死ぬ可能性がある任務なんてまっぴらごめんだ。僕は平和に生きていたい。 「拒否なんてできるわけがないだろう? 何を言っているんだよ、伊世くん」  空気が一瞬で変わった。  いつもは穏やかでおちゃらけている局長が、恐ろしいほどのオーラを放って僕に言う。  目は冷たく、まるで虫けらを見るようだった。  完全にパワハラだ。逃げ出すべきだ。  でも、これは国からの任務でもある。  この国は、社会の役に立たない存在には容赦がない国だ。  優秀なものは賛美されるが、役立たずで使えない、社会のお荷物は排除されるシステムの上、成り立っている。  もし拒否したとしたら、僕にはどんな罰が待ち構えているだろう。  考えただけでおぞましく震えが止まらない。 「し、失礼しました、局長。先ほどの言葉は撤回いたします。異世界郵便局員として精一杯、国のために働かせてください」  慌てて僕は先ほどの言葉を覆す。  ここで拒否したら、異世界に行く以前に、今ここで社会的に死んでしまう。  生き延びるために、僕は異世界へ行く。 「そうかそうか。やる気になってくれたようで嬉しいぞ! 頑張りなさい」  いつものほがらかな局長に戻り、緊張感が一気にほぐれていく。  ま、空気がほぐれたとこで、僕の心が安らぐことはないけど。  だって、明日からのことを考えたら不安しかないから。 「は、はい。ありがとうございます」  こうして僕が異世界へ行くことが決定。  僕は異世界郵便局員になったのだった。
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