《第四章》三娘、湖青とともに舟遊びの支度に励む
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《第四章》三娘、湖青とともに舟遊びの支度に励む

 舟遊び当日も、青春殿は朝から賑やかだった。  侍女達とともに三娘と湖青が、蓮飯を作っていたからである。  モチ米と木の実を混ぜたものをハスの葉に包み、せいろで蒸せば蓮飯は出来上がる。何せ、四季宮に住まうものら全員分だ。出来上がる頃には、昼過ぎになっていた。  それが終わると、今度は身支度に取りかかる。この日のために用意したと湖青から見せられた衣装を目にしたとき、三娘は絶句した。それというのも、どこからどう見ても肌の露出が多い衣装だったからだった。  用意されたものを見ると、楊国の貴婦人たちがやっていたように、胸元まで裳(も)を引き上げる衣装のようだった。それに、上掛けとなる衣(ころも)だって、向こう側が透けて見えるほど薄い。 「あ、あの……。この衣装は余りにも、その……」  恐々となりがら尋ねると、湖青からにっこりと笑みを向けられた。 「この衣装は、舟遊びのための衣装ですの。わたくしも同じようなものを身につけますゆえ、どうか御安心なされませ」  舟遊びのための衣装にしては、かなり肌の露出が多いような気がする。これでは少しでも風が吹いたなら、体が冷えてしまう。しかし、三娘は何も言えなかった。湖青から向けられたものは笑顔のはずなのに、有無を言わせぬほどの迫力を感じてしまったからだった。  黙り込んでしまった三娘の目の前では、湖青が嬉しそうに侍女らとともに装飾品を選び始めた。侍女から差し出された盆の上に乗っているものに目をやると、見事な細工を施された頸鏈(くびかざり)や歩揺(かんざし)が見えた。それだけでなく、三娘が見たこともないような装飾品もある。目を凝らしてそれらを見ていると、それに気付いたのか、湖青から声を掛けられた。 「これらは皆、火焔の宮に保管している大事な品々ばかりですの。舟遊びが決まったとき、急いで取りに行かせたのです。ああ、間に合って本当に良かった……」  安堵する湖青を眺めながら、三娘は言葉を失った。三娘が驚いたのは、豪華な品々が皆自分の為に用意されたものだと知ったからだった。しかし、驚く三娘をよそに湖青は喜々として装飾品を選んでいる。 「では、そろそろお着替えしましょうか、花嫁さま」  唐突に湖青から告げられて、三娘は知らず知らずのうちに後ずさる。着替えをするということは、あの衣装に袖を通すことだろうし、豪華な品々を身につけることだ。そう思った途端、気が引けてしまったのだ。  しかし、腰が引けている三娘を尻目に、湖青は侍女が運んだ箱から衣装を取り出した。そして、くるりと身を翻し迫ってくる。 「さ、花嫁さま。お着替えいたしましょうね」  湖青の笑顔と迫力に抗う術(すべ)はなく。三娘はか細い声で「はい」と返事をしたあと、湖青や侍女に身を任せたのだった。 「では、わたくしも着替えて参りますゆえ。花嫁さまはお茶を飲んで、待っていてくださいませね」  そう言って湖青が部屋から出て行ったのは、夕刻が迫る頃だった。無理して作った笑みで湖青を見送ったあと、三娘はぐったりとしていた。  白い布で胸を巻いたあと、下着代わりの袴(はかま)を穿かされて、その上に紅色の裳(も)を重ねられた。開いている胸元を見下ろして、三娘は物憂げにため息をつく。こうまで肌をあらわにさせたことがないだけに、彼女はすっかり困り果てていた。  衣装を身につけ終わったあと、三娘の背後に回った侍女が、長い黒髪に香油を塗り込み始めた。そして、櫛(くし)でとかしたあと、高い位置で結わえて留(と)める。そこに金の歩揺(かんざし)を、これでもかというほど次々と差していった。  別な侍女は、三娘に化粧を施していく。白い白粉(おしろい)を付けたあと、墨で眉を引き、その間に花鈿(かでん)が描かれた。ハスの花のようなものを描かいたあと、侍女達はふっくらとした唇に鮮やかな紅を差す。  化粧と髪結いが終わると、今度は装飾品だ。アカサンゴの頸鏈(くびかざり)と耳飾りを手に取って、三娘を飾っていく。そして仕上げは、薄い上衣(うわぎ)と領巾(ひれ)だ。小さな足に絹の沓(くつ)を履かせられながら、それらを身につけさせられる。 「お支度が調いました。どうぞ、ご覧あそばせ」  それまで閉じていたまぶたをゆっくりと開くと、目の前には鏡が差し出されていた。三娘は目を大きくさせて、そこに映っている自分自身の姿を凝視する。鏡を差し出している侍女たちは、皆誇らしげな笑みを浮かべていた。 「花嫁さま、とてもお美しゅうございます。今宵は、うんと艶めいたものをと湖青さまから言われておりましたので、腕によりをかけて整えさせていただきました」 「え?」  三娘は目を見開いたまま、側にいる侍女に顔を向けた。その動きに合わせて、歩揺の飾りが揺れて、澄んだ音を鳴らす。 「今宵の舟遊びで花嫁さまの艶やかなお姿を目にされたら、火龍さまだってきっと……」  侍女達は互いに顔を合わせて、含み笑いをし始めた。それがなんとも居心地が悪く、三娘はいたたまれない気持ちになる。湖青にしても侍女達にしても、皆何かを誤解している。花嫁としたけれど、番にはしないと火龍からはっきり言われているのだから。その言葉を告げられたときのことを振り返ったとき、急に寂しくなった。三娘は艶やかな化粧を施された顔を曇らせる。 「花嫁さま、湖青さまがいらっしゃいました」  急に声を掛けられて、三娘は我に返る。戸口に目を向けると、湖青が立っている。すらりとした肢体に纏(まと)っている衣装は、空のように澄んだ水色。三娘が見つめる中、湖青はゆったりとした足取りで近づいてきた。 「花嫁さま。よう、お似合いでございます。きっと兄上さまもお喜びになりましょう」  艶美な笑みを向けられて、三娘も笑みで返した。そうすることが一番いい。そう思ってのことだった。 「では、参りましょうか。兄上さまと老師は、湖のほとりにある東屋(あずまや)におりますゆえ」  三娘は小さく頷いたあと、椅子から立ち上がり、湖青とともに庭に出たのだった。  先導の侍女が灯(あか)りで照らす道を、三娘は湖青とともに歩いている。  春の庭と夏の庭のあいだにある湖への道には、長い敷物が敷かれている。そして、端々には小さな灯(あか)りが置かれていた。すっかり夜のとばりが落ちて、空は真っ暗闇である。しかし、柔らかな灯(あか)りが足元を照らしている。淡い光が照らす道を歩いていると、見知らぬ世界へ向かっているような気にさせられた。三娘は湖青とともにゆっくりと足を進める。  そうやって歩いているうちに、開けた場所にたどり着いた。前を見ると、無数の光が湖に浮かぶハスの花を照らしている。 「これはこれは見事なものじゃ……」  隣にいる湖青が、感嘆のため息を漏らす。三娘は湖青の言葉に同意するように、小さく頷いた。 「兄上さまも随分と頑張られたようじゃ」 「え?」 「湖に浮かんでいる光は、万灯皿(まんどうざら)に灯(とも)した火でございます。きっと兄上さまが、それらを浮かべられたのでしょう。だって、あのような色合いの炎は火龍である兄上さましか作れないのですから」  ほらと湖青が指差した先に目をやると、白い炎が浮かんでいた。風でゆらゆら揺れるたびに、ハスの葉を照らす光も同じように揺らめいて。咲き並んでいるハスの花に炎が燃え移らないか、三娘は不安になった。だが、それは取り越し苦労のようだ。湖青がこそりと小声で話す。 「兄上さまが灯(とも)されたものですから、ハスの花に燃え移ることはないでしょう。さあ、兄上さまと老師が首を長くして待っております。参りましょう」  湖青に促され、三娘は頷いた。そして、火龍と老師が待っている東屋に向かって歩き出したのだった。
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