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唯一救いだったのは、羽田金有の音の響きは「バン」のインパクトがかなり強いため、「キンユー」とか「おかね」とか妙なあだ名を付けられる前に「バンク」や「バンちゃん」で定着することだった。
おかげで俺=ハネダバンクだと、誰もが違和感なく覚えてくれた。
キラキラネームで苦労したかと聞かれると、正直さほど苦労したわけではない。読みを必ず自分から言わないといけないのは、名字が難読な人だって同じだし、珍しいと言われるのも然り。キラキラネームは虐められるとも聞くけど、俺の場合は両親ゆずりの陽気な性格が幸いしてか、虐められたこともなかった。
ただし笑われる。
とにかく何かにつけネタにされる。
何しろ名前が銀行で、漢字がお金なのだから、人の好奇心を刺激しないわけがない。
例えば大学生になって行き始めた合コンなんかでは、友達が得意げに俺の名前をいじるのが定番だった。おかげで女子達は盛り上がってくれたけど、その都度俺は、顔ではニコニコしながらも本音は釈然とせず、女子の前で俺をネタに笑いを取る友達も笑った女子も名付けた父親のセンスも、内心恨んでいた。
ある夜、家族でご飯を食べながらテレビを見ていたら、キラキラネームの改名についての特集が始まった。
それによると、名前の読みだけを変えるのは簡単にできて、漢字を変えるとなると手続きが面倒になるが、正当な理由があれば改名可能。難読のキラキラネームは比較的受理されやすいとのことだった。しかも、十五歳以上になると両親の同意なしで改名できると言うのだ。
キラキラネームが流行り始めたのは俺が生まれた五年後くらいの話で、ちょうどその世代が十五歳を超える時期が来たためにこのような情報が出始めたのだろう。
「いいなあ、俺も改名したい」
「は?」
普段めったに機嫌を損ねない父親が、俺の何気ない一言に眉をひそめた。
「だって、金有でばんくなんて絶対読んでもらえないもん。すーぐネタにされて笑われるし」
「だからと言って金有を捨てるのか」
父親の声は鋭く響き、空気がピンと張り詰めた。何も怒らせるようなつもりは無いのに、その反応は俺を少し戸惑わせた。
母親が気まずそうに父親と俺を交互に見る。
俺は怯まずに続けた。
「いや、ばんくはもう定着してるし、今さら別の名前になったら周囲も俺も戸惑うからそのままでいいけどさ、漢字だけ変えたらいいじゃん。万を駆けるで万駆とかさ。普通に読めるし、カッコイイじゃん」
「ほんとだカッコイイね」
母親は今の緊張をもう忘れたのか、能天気な声で俺に同意する。
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