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「でしょ? 今から準備して就職するまでに改名しとけばさ、社会に出て名前で苦労することもなくなると思うん……」
「駄目だ!」
父親は苛立ったように声を荒げた。
「漢字を変えるのは、絶対駄目だ。お前は何にもわかってない!」
「まあまあ、お父さん、ばんちゃんも本気で改名するって言ってるわけじゃ……」
「わかってないって何!? どうせお父さんがネタで付けた名前じゃん。俺がどんなに笑われて生きてきたか、わかってないのはお父さんだろ!」
頭ごなしに言われてカチンと来た俺は、咄嗟に感情をぶつけて反撃した。
父親は鋭い目でじっとこちらを睨み、しばらく沈黙が続いた。テレビからは、とんでもない名前から改名して前向きに生きられるようになったという男の子の、インタビューに答える声が聞こえている。
「……なら勝手にしろ」
父親は席を立ち、食事を半分残したまま自分の部屋に引き上げてしまった。
「なんなんだよ、一体。あんなに怒るか? 改名くらいで」
「そういう言い方はよくないよ、ばんちゃん」
母親は小さくため息をついた。
「だって、理不尽じゃん。一方的にお笑いじみた名前付けられて、困ってんのはこっちなんだから」
「ばんちゃんは、お父さんがどんな思いでその名前付けたか、知らないんでしょ」
「知ってるよ。お金に困らないようにでしょ?」
「それだけじゃないのよ。お父さんが中学校までしか出てないの知ってるでしょ?」
「知ってるけど」
だから学がなくてこんな変な名前を付けたとでも言うのかと、少しウンザリしながら返事した。母親は続けた。
「あんたのおばあちゃんに当たる人ね、早くに亡くなってるけど、お父さんが小さい時から病気でずっと入退院を繰り返してて、病院代がすごくかかってね、貧乏な生活だったのよ。だからお金がなくて中学までしか行けなかったの。本当はもっと勉強したかったのに、お金がないせいで自分が進む道まで限られてしまったのは、すごく悲しかったんだって。
でね、中学校出てから行き始めたアルバイト先に、お笑いやってるお兄さんがいたんだけど、そのお兄さんに声を掛けられて、二人でコンビ組むことになったらしいの。お父さん、売れたら一発逆転だと思って、頑張ったんだけど、なかなか厳しい世界だから今イチ芽が出なくて、やっぱり貧乏生活が続いたみたい。
私は大学の時に見に行ったお笑いライブで、たまたまお父さん達の漫才見たんだけど、それがすごく面白くてね。ファンになって追っかけてるうちに仲良くなってつき合い始めたの。お父さんね、その頃から、『俺は子供が生まれたら金有って名前付ける!』って言ってたのよ」
「えっ」
父親のあまりの気の早さに、俺は思わず反応した。
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