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「結婚してあんたを妊娠してからね、お父さんずーっと名前を悩んでたんだけど、ある日言ったのよ。
『やっぱり金有にする。お金が有って羽ばたける、で羽田金有だ!』って」
ピタリと腹筋が止まる。
俺は顔を上げた。
なるほどーー。
そういうつもりだったのか。
散々悩まされた懸念事項に対し、父親はちゃんと前向きな答えを出していた。しかもそれは、まさしく本人が願うとおりの意味だ。
……でも、
「清々しい顔してね。あんまり意気揚々としてるから、お母さん、女の子だったらどうするんだろうって今さらながら心配になったけど、でも生まれたのは男の子だった。お父さん大喜びでねぇ。子供の頃から早速名前負けさせちゃいけないって、バイト掛け持ちの芸人は辞めて、手に職を持とうと左官職人に弟子入りしたのよ」
そうだったのか。
だから父親は急に方向性を変えて左官職人になったのだ。
……でもね、
「まあ、結局そんなに高給取りでもないし、大変だったけどね。でも私もずっと仕事してきたし、お父さんも左官で意外な才能を発揮してくれたから、稼ぎもだんだん上がって、あんた一人大学まで行かせるのには、どうにかなってるけどね」
たしかに俺はこれまで、お金の心配なんか全くしないで生きてきた。何でも食べさせてもらって、洋服も買ってもらって、おもちゃもそこそこ買ってもらって、学費のことなんて特に考えずに自分の行きたい大学を受けた。
それが叶ってきたのは、両親が俺のために頑張ってくれているからだったんだ。
「だからね、ばんちゃん。あんたとあんたの名前は、お父さんの生きがいなのよ。あんたがいて、名前が金有だから、お父さん頑張ってこれたのよ」
トドメの一言に、俺はタイミングを伺っていた突っ込みの言葉を飲み込みかけた。
母親の話を聞いて、父親に悪気がないどころか、俺の幸せを真剣に願ってくれたことは、よくわかった。そしてその気持ちが、俺は嬉しかった。
でも、だ。
「あのね、羽田金有って字面で、“羽”を羽ばたくって解釈する人なんて、普通いないの。そのくらい金と羽は相性最悪なの。だいたい、自分だって散々悩んだくせに、どうして他人に同じこと言われると思わなかったのか……、ほんと、馬鹿。もう、ほんと、馬鹿じゃん」
言いながら、あまりに情けなくてため息とともに力が抜けていくのを感じた。
「コラ、お父さんのこと馬鹿って言っちゃダメでしょっ」
「あのね……お母さんも同罪だからね。もうホント、この両親……」
……いや、このアホな両親だからこそ、俺がしっかりするしかない。譲歩するしかないのだ。
「ばんちゃん、ばんちゃんがどうしても名前変えたいなら、お母さんは反対しないわよ。さっきばんちゃんが言った、万に、駆ける? それ、カッコイイし良いと思う。でも……、私はばんちゃんの名前、愛着あるから、変わっちゃうと淋しいかもしれないけど……」
そんな顔をされて、改名なんて出来るワケないじゃん。
俺は大きなため息をついて、静かに立ち上がった。
「もういいよその話は。俺お父さんに謝ってくる」
「ばんちゃん……」
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