キラキラネーム

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 おかしな名前で、よく笑われたし、からかわれたけど、この名前と永久にお別れしたいほど本当の本当に悩んだかと言えば、そうでもない。むしろこの名前だからこそ、皆にいじられて慕われて、楽しく過ごして来られたのかもしれない。  それなのに安易な気持ちで改名を口にしてしまって、知らなかったとはいえ父親の気持ちを踏みにじった俺も悪かったのだ。  もちろん、金有(ばんく)じゃなくても良かったんじゃないか? って思いは当然ある。きっと死ぬまで思い続けるだろう。  でも、それでも、俺の名前をネタではなく愛情を込めて付けてくれたことがわかって、俺もこの名前を前向きに受け入れようという気持ちになれた。  二階に上がり、父親の部屋のドアをノックした。 「はい」  中からは気のない返事。 「お父さん、ごめんなさい。お母さんから話聞いた。俺、名前今のままでいいよ。お父さんが付けてくれた名前で生きるよ」  そう言うと、ややあってから、中でガサゴソと音がした。ドアに耳を寄せて様子を伺っていると、カチャリとドアが開いた。父親が何か手に持って立っている。その肩越しに見える部屋の中は暗くて、机のライトだけがオレンジ色に光って辺りを照らしていた。  怒ったことを反省したのか、父親は妙にしおらしく、ポツポツとしゃべり出す。 「金有(ばんく)、これな、昔流行った五百円貯金箱なんだけど……、お金貯めようとして、四、五枚入れたっきりになってたんだけど……、結婚する時実家の押し入れから出てきて、中身取り出して捨てようと思ったら、ここにBANKって書いてあったから何となく捨てられなくてな、お父さんの部屋に飾ってたんだ。これ、金有(ばんく)にあげるから、この先“名前で得したな”ってちょっとでも思ったら、五百円入れて貯めなさい。そしてお金が貯まる度に、自分はこんなに得してるって、実感しなさい」  なんだそりゃ、と思ったけど、俺は素直に受け取った。 「……ありがとう」 「埃はオマケな」 「イヤ拭いとけよ!! いい話風に来るんなら!!」  思わず突っ込むと、父親は嬉しそうに口元を緩ませ、 「ばか、それはプライドを持てと……」 「やめてそういうの!! 拭けなくなるから!! ほとんど呪いだから!!」 「冗談、冗談。じゃ、お父さんご飯の続き食べてきま~す」  そう言って元気よく廊下に出た。  食べるんかい、と心の中で突っ込む。 「俺も、まだ途中だから一緒に食べるよ」  階段を降りていく父親の後ろ姿にそう告げて、手の中の貯金箱を見た。  金色の本体に黒字で、100万円貯まるBANKと書いてある。  金にバンク。まるで俺じゃん、と思って笑い、カラカラと振ってみて、ほんとにちょっとしか入ってねーなと、また笑った。  本当にしょーもない父親だ。  こんなのを捨てられないくらいには、父親は俺の名前が大好きなのだ。
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