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 十五年前。三十で迎えた春、ひとりの女と別れた。  別れたといっても、恋人だったわけじゃない。同期入社だった女には、遠距離恋愛の男が居た。 「来週行くんだろ」  その頃はまだ煙草を吸っていた。 「もう荷物はね、ほとんど送ったし、あとは自分が行くだけなんだけど」 「まさか、最後引っ越し先まで送れとか言うんじゃねぇよな?」  鬱陶しいものを吐き出すように煙を吐くと、女は笑った。 「さすがにそれは迎えに来てくれるから、大丈夫」  聞く限り、気の優しい、好い男のようだった。会いたい時に会えない以外は。 「なら、もう俺に用無いだろ」 「用があるから、わざわざもう会社辞めたのに連絡取ったんじゃない」  いつも待ち合わせた喫茶店の、薄汚れた灰皿に煙草を揉み消して立ち上がった。 「あれ、怒った?」 「お前はそういう回りくどい言い方しないから、付き合ってたんだ」  言葉に出さないのに思いがチリチリ来るような感覚は嫌いだった。 「そうだね。そう言ってたよね。海棠君は。じゃあ、行こうか」  女は伝票を手に席を立ち、会計を済ませ店の外に出ると言った。 「さすがにあたしも鉄の心臓じゃないから、最後にもう一回したいんだよね」  その女は嘘が無かった。  恋人を裏切ってセフレを持つような女にそういう表現をするのは間違っているかもしれないが、己の欲望や感情に忠実という点で、俺にとっては付き合いやすい相手だった。  表向きは虫も殺さない女で、触れて抱き合ったら中はドロドロ腐っていたなんて女とはいくら切羽詰まっていようが無理だ。触れたら全て伝わってしまう。
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