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「は?」
次の瞬間、あたしの体はひょいと抱き上げられていた。目線の高さに慌てて彼にしがみつく。
「無理!海棠さん、無理ですって!重いから!」
「いいから黙っとけ。落としたりしねぇから」
ソファにあたしを下ろすと、傍らに自分も座って彼は言った。
「それに、今のお前重くないぞ。手首とか肩の感じとか、だいぶ痩せたなって昨日も思ったとこだ」
「……そういうのも、見てたんですか……」
「ほら、来い。嫌じゃなければ」
子供じゃあるまいし、膝の上に横抱きなんてこの年で恥ずかし過ぎる……と思ったけど、考えてみたら親にそんな風に構われた記憶はない。
母は記憶もさだかでないくらい早くに亡くなったし、父はおそらく男手一人で育てるのに一生懸命で、娘を甘えさせる余裕なんてなかったんだろうと思う。
彼のぬくもりを感じながら肩に頭を乗せていると、さっきまでと違う、穏やかで優しい声がした。
「……言っただろ。昨日、お前に必要な全てになるって。だから甘えりゃいい。好きなだけ俺を利用しろ。それで気が変わったら捨てればいい」
「え?」
「俺はそういう覚悟でいる。……ただ、お前がどう思ってるか分からなかったし、それに、……俺の方が先に、積極的にお前恋人扱いしたら、都合良く手に入れたみたいで……違うだろ。それは。だから距離置いてた。でも、それで甘えろってのも無理な話だから、……慣れるまで甘やかしてやるからそれで慣れろ」
言い終わって額にひとつキスをくれたのは、照れ隠しだったのかもしれない。
「……それでいきなり姫抱っことか、海棠さんも極端な人ですよね」
「ほっとけ」
おかしくて彼の首にしがみついて笑っていると、チチッ、と声がして羽ばたきの音が聞こえた。
「……お帰りだな」
窓の外は高く澄んだ青空が広がっていて、あたしが悩んでいるなにもかもが、小さいどうでもいいことのように思えた。
『彼女の背中~牡丹燈籠双月前夜』了
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