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 女は去り、一人になった俺は良くも悪くも身の周りが軽くなったような、そんな心持ちで居た。  煙草は増えた。路上喫煙禁止の区域でも煙草を離せないことも多く、その日も俺は咥え煙草のまま会社に向かっていた。落ちて変色した桜の花びらも既に消えたアスファルトに視線を落として歩いていると、ふと前を行く女の足元が目に入った。  真新しい黒い靴も生白く見えるストッキングも見るからに新社会人臭く、四月半ばの今、先輩社員に揉まれている最中か、それとも研修を終えて配属されて来た頃か、などと考えながら顔を上げると、脇から出てくる車が視界に入った。  咄嗟に手を伸ばしてその女の肩を掴むと、声も出ないほど驚いた表情で振り返られたが構わずそのまま強く引いた。 「……なっ、なに……」  女が声を絞り出したのと、ろくに周囲も見ずにバックで車道に出ようとした車がその前を横切ったのと同時だった。ドライバーはちらりとこっちを見たが、そのまま行ってしまった。  掴んでいた肩を放すと、まだ驚きの醒めない眼で女は俺を見る。ひとつ息をついて俺は咥えていた煙草を手に取り、車の出て来た方を指した。 「そこのビルの駐車場、見通し悪いのに切り返すには狭いから、バックで出ようとして事故る車多いんだよ」 「あ……」  リクルートスーツに白いコートを着たその女は、まだ化粧も板についておらず、赤い唇もどこか浮いて見えた。なにか言いたげなのを気付かない振りをして、俺は目を逸らしてそのまま歩き出した。
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