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桜と虚
それ祓え やれ祓え
花の目覚めに 虚はいらぬ
堤防沿いの桜並木を歩いていた私は、どこからともなく聞こえてきた歌と楽器の音に顔を上げた。
蕾をつけた桜の枝が風に揺れる。茶に濃いピンクが混ざった枝先の色が、開花が近いことを教えてくれる。先日お邪魔したアヤカシの住処ではもう桜が咲いていたけれど、人の世の春はもう少しだけ先のようだ。
桜が咲けば花見客で賑わうこの並木道も、今の時期は人の姿がない。早朝だから尚更かもしれない。
そんなこの並木道でまさか歌う人がいるとは思わなかったから、私は首を傾げた。しかも、声からして複数いるようなのだ。
それ祓え やれ祓え
花の目覚めに 虚はいらぬ
次第に近付いてくる歌声。それに合わせて笛の音と太鼓の軽快な音が響き、チリチリと金属音が上機嫌に追いかける。
立ち止まって様子を見ていると、やがて立ち並ぶ桜の根本から小さな人影が姿を現した。
次々現れる人影は小さく、恐らく私の腰くらいの高さしかないだろう。彼等は列を作り、歌に合わせて体を揺らしている。
よく見れば、それは華やかな着物を纏った小さな男の子達だった。その派手な格好といい、手に持っているものといい、まるでチンドン屋である。
先頭は旗を元気よく振っている。二番目は篠笛を吹き、三番目は太鼓を叩く。四番目は摺り鉦を鳴らし、そして五番目は……
ブォォ~ ブォォ~
「な、なんで法螺貝!?」
思わず叫ぶと、途端に音がピタリと止んだ。みんな手を止めて、私をまんまるな瞳で見つめている。
うっかり声に出してしまったけれど、まさか演奏を止めてしまう事になるとは。素直に謝ろうかと悩む私の視線の先、五対の瞳が一斉に輝いた。
「人間だ!」
「人の子だ!」
「逃げろ!」
「いや、捕まえろ!」
「であえ、であえ~!」
口々に叫ぶと列を崩して思い思いの方向へ駆けていく。
どうしよう、捕まえるとか言ってるけれど逃げた方がいいのかな?後ずさりしながら考えていると、彼等の後ろから六番目の人影が現れるのが見えた。
「やめんか小僧共!」
銅鑼を思い切り打ち鳴らしたような大声が響き渡り、五人の子供達が「ぴゃっ」っと飛び上がった。
「全く、若いもんは落ち着きがなくていかん」
その場で縮こまってしまった子供達を一人一人睨み付けながら、歩いてくる六番目。皺が刻まれた浅黒い肌に白い髭。纏う着物も身長も彼等とそう変わらないのに、外見はまるでお爺さんだ。
「あなた達はアヤカシ……ですか?」
恐る恐る尋ねると、六番目に現れたお爺さんは「見てわからんか?」と私をジロリと睨み上げた。
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