桜と虚

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 私の名前は高橋小春(たかはしこはる)。どこにでもいるような平凡な高校生。けれど実は、ひとつだけ変わっていることがある。  それは一風変わったお店で、住み込みでバイトをしていること。  そのお店は、一見すると小さな二階建ての日本家屋。けれど東には人の世に繋がる橋を持ち、西にはアヤカシの世に繋がる橋を持つという小さな茶房。  名前を『茶房 幻橋庵(げんきょうあん)』という。  そんな私が早朝の並木道で出逢ったのは、チンドン屋のような格好の小人だった。 「驚かせたのは悪かったな。小僧共はこの春に初めて人の世に来たのでな、何もかも珍し……おい!戻れ!」  私に話しかけながらも、うろちょろする子供達を叱り飛ばす小人のお爺さん。子供達は戻ってはくるものの、周囲を見回してそわそわしている。目を離せば、すぐどこかへ駆けていってしまいそうだ。 「いえ、こちらこそ演奏中にお邪魔してすいませんでした。初めて見たのでびっくりして」 「ふん。桜が咲かん限り、ほとんどの人間はここへ寄りもせんだろうからな。わしらの仕事も知らんでいい気なもんだ」 「でも、ほとんどの人間にはオレら見えんっていうし」  不機嫌そうなお爺さんに瞳を瞬かせ、旗を掲げている子が他の子供達を振り返る。みんなで「なー?」と首を傾げるけれど、お爺さんに睨まれて固まった。 「すいません。私、アヤカシが見えるようになったのは最近なんです……よければ、ここで何のお仕事をしているか教えてもらえますか?」  チンドン屋のような格好で歌って、楽器を鳴らして……一体どんなお仕事なんだろう? 気難しそうなお爺さんだけれど、苦手意識よりも仕事への興味が優った。  頭を下げてお願いすると、お爺さんは眉間にしわを寄せて腕組みをする。 「まあ、教えてやらんこともないが……」  すると勿体ぶるようなお爺さんの後ろから、子供達がひょこひょこっと顔を出した。 「オレたち、うつろはらい!」 「うつろいると桜キレイにさかねんだ!」 「だから楽器鳴らしてな!」 「歌もだいじだ!」 「咲く前にやるんだ!」  得意満面で口々に説明してくれるけれど……それを聞くお爺さんのこめかみが引きつっているように見える。これは再び怒られてしまうと思い、私は慌てて口を開いた。 「そうなんですね! じゃあ私達が桜を楽しめるのは、うつろはらいの皆さんのお陰なんですね」  少々大げさに「ありがとうございます!」とお礼を言うと、子供達はえへんと得意げに胸を張った。
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