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「あ。雨がひどくなってきたね」
お姉さんが手のひらを上に翳して雨を受ける。僕も空を見上げると、厚い灰色の雲がひしめき合うように浮かんでいて、雨がざあざあと音を立てて降ってきた。
「家、帰りたくない?」
「……うん。でも、多分帰らないともっと怒られるから」
「じゃあ、家まで送って行くよ」
「本当? じゃあ、帰る」
僕はベンチから立ち上がると、お姉さんも立ちあがって、傘立ての方へ行った。僕はビニール傘を取り出すと、お姉さんは真っ赤な傘を取り出した。
「お姉さんの傘、可愛いね」
「うん、これ、気に入ってるんだ」
「そっか」
僕は骨が折れているビニール傘を広げると、骨が折れているところから、雨が垂れてくる。
それを見たお姉さんが、
「傘、交換する?」
「え? だって、それ気に入ってるんでしょ? 僕、これでいいよ」
「気に入っているから、交換したいの。だって、ソラくんなら大事に使ってくれるでしょ?」
言って、僕に赤い傘を差し出すと、お姉さんは僕の骨の折れた傘を差した。
「……良いの? 本当に?」
「うん。良いの。帰れば傘、まだあるし」
「あ、ありがと……」
僕がそう呟くと、お姉さんは水たまりに靴でぴしゃんと跳ねるように踏むと、
「雨ニモマケズ」
「え?」
「宮沢賢治の詩だよ」
「みやざわけんじ?」
「そう。私の好きな人の詩」
「へえ……」
僕が不思議そうにしていたからか、お姉さんは鼻歌を歌うように、
「ソウイウモノニワタシハナリタイ」
とスキップするように、水溜まりを踏んでいた。ぴしゃ、ぴしゃ、と靴が濡れてしまっていたけど、お姉さんはどこか嬉しそうだった。
僕も真似をして、
「そういうものにわたしはなりたい」
言って、ぴしゃぴしゃ、足を鳴らした。
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