第133話 獣の気配

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第133話 獣の気配

 目に見えぬ無形のものをミサキと名付けて縛り、獣の形に閉じ込めるのだという。  弾けるように襲ってきた見えぬ獣を佳乃が次々と斬って捨てる。舞い踊るような様子で美しく、その背中を預かる温州蜜柑も襲いくる連中を容赦なく斬り捨てる、とは行かないようで、ぐはっ、のわっ、だはっ、と声をあげながら盛大にやられていた。  わりと深刻な状況と言えるが、あまりに間抜けなやられっぷりに笑いをこらえられない佳乃である。 「み、蜜柑?」 「ぐはっ、聞いてへん。聞いてへんで。こいつら雑魚(ざこ)とちゃうんか。強いやんけ。や、やばい、やられる。まさか、わてが雑魚なんか?」 「ぷぷっ、ぷっ、だ、だいじょうぶ?」 「だいじょうぶとちゃう! ヘルプミー!」 「なんと情けない」  呆れた様子で蜜柑を助けようと気をそらした隙に、複数のミサキが奥の部屋へと向かった。  しまった! と佳乃が声をあげるが、時すでに遅し。部屋につながるドアが木っ端微塵に吹き飛んでいた。粉塵の舞う室内では五郎が前に立ち、しかし、妖しのものを相手に如何ともし難い。  複数の小さな気配が寄り集まり、自分の背丈よりも大きくなったように思える。佳乃の呼び声はずっと遠く、夢の叫びの如く言葉が聞き取れない。その間にも目の前の気配はぐいぐいと(かさ)を増し、生臭い獣じみた匂いが花の匂いを上書きしていく。  巨大な獣の牙にかかり、絶命する自分の姿が見える。それは、すでに定まった未来、起きてしまった未来のように強固だ。 「兄ちゃん、しっかり!」  との声で我に返ると、勝樹が長柄のスコップを振り下ろすところだった。だが、それは何もない空中で静止し、砕け散った。ばりばりと噛み砕かれるような音が響き、獣の気配が部屋中に充満する。 「五郎様!」  と、佳乃の声が届いた。「恐れてはなりません。無形のものに形を与えるのは、それを見る者です。恐れず、わたくしが行くまで耐えてください」 「そ、そんなことを言われても……」  脳裏には獣の姿がありありと浮かんでおり、その息遣いまで聞こえるようだった。床がめきめきと音を立てて割れ、沈み込む。気配だけが近付き、ぐっと踏み込んだのか、割れた床が舞い上がった。  躍りかかる獣に喰い殺される。あわやと言うその時、どこからか青白い炎が生じ、渦を巻いて室内を席巻すると、生臭い獣の気配を消し去った。
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