第137話 外法童子

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第137話 外法童子

 血の色に染まるような、とはよく言われることながら、その日、晩秋の日暮れは不気味な色合いで、独り立つ煙突は墓標の如く。誰にも気付かれず、ほろほろと黒い息を吐いていた。いまどき煙突を使うことなどないのだが。では、この黒い煙はなにか。  きみの湯へ入り込もうとした妖しの影が、煙ごと空へ吐き出されたのだ。地面に激突する寸前、その姿は、ふっと消え失せた。  影の名を、外法童子(げほうどうじ)という。並みの人間の倍はある巨躯に、赤いざんばら髪、ぼろぼろの黒い着物を纏い、真っ赤な猩々面の如き顔は、消え失せるその時まで感情らしきものを示さなかった。  どすんと落ちてきたのは、きみの湯から遠く離れたビルの一室である。虚空に出現し、落ちてきた外法童子が、かくかくと身を起こす。しかし、室内にいた齢四十(よわいしじゅう)ほどの男が軽く手を振ると、そのまま動きを止めて固まった。 「弾き出されたか」  と、残念そうにいうのは高島承之助である。 「神辺市内の主立った結界は潰し、外法童子の力も増したはずだが、きみの湯の護りを破って入るにはまだ足りないようだ」 「まだ足りませんか」 「ああ、まだだ。餌が足らんよ」 「承之助様、私で良ければいつでも」 「はは、私で良ければか」  と、笑いを納めていった。「調子に乗るなよ。おまえは、ただ言われた通りにしておれば良いのだ。式神風情が、主を(おもんばか)るような顔をするな」 「はい。失礼しました」 「餌のことは考えてある。それを手に入れてくるのがおまえの仕事だ」  日も落ちて暗くなった部屋で、立ち上がった高島が、おかしな格好で固まっている外法童子を蹴りつけた。我楽多(がらくた)のようなそれは、音を立てて倒れ、大きな四肢と頭が明後日(あさって)の方向に転げていった。
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