55人が本棚に入れています
本棚に追加
第137話 外法童子
血の色に染まるような、とはよく言われることながら、その日、晩秋の日暮れは不気味な色合いで、独り立つ煙突は墓標の如く。誰にも気付かれず、ほろほろと黒い息を吐いていた。いまどき煙突を使うことなどないのだが。では、この黒い煙はなにか。
きみの湯へ入り込もうとした妖しの影が、煙ごと空へ吐き出されたのだ。地面に激突する寸前、その姿は、ふっと消え失せた。
影の名を、外法童子という。並みの人間の倍はある巨躯に、赤いざんばら髪、ぼろぼろの黒い着物を纏い、真っ赤な猩々面の如き顔は、消え失せるその時まで感情らしきものを示さなかった。
どすんと落ちてきたのは、きみの湯から遠く離れたビルの一室である。虚空に出現し、落ちてきた外法童子が、かくかくと身を起こす。しかし、室内にいた齢四十ほどの男が軽く手を振ると、そのまま動きを止めて固まった。
「弾き出されたか」
と、残念そうにいうのは高島承之助である。
「神辺市内の主立った結界は潰し、外法童子の力も増したはずだが、きみの湯の護りを破って入るにはまだ足りないようだ」
「まだ足りませんか」
「ああ、まだだ。餌が足らんよ」
「承之助様、私で良ければいつでも」
「はは、私で良ければか」
と、笑いを納めていった。「調子に乗るなよ。おまえは、ただ言われた通りにしておれば良いのだ。式神風情が、主を慮るような顔をするな」
「はい。失礼しました」
「餌のことは考えてある。それを手に入れてくるのがおまえの仕事だ」
日も落ちて暗くなった部屋で、立ち上がった高島が、おかしな格好で固まっている外法童子を蹴りつけた。我楽多のようなそれは、音を立てて倒れ、大きな四肢と頭が明後日の方向に転げていった。
最初のコメントを投稿しよう!