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第138話 折り紙
東京行きを終えて神辺市へ戻ってきた神尾五郎は、文化住宅という名の襤褸アパートで、せっせと手を動かしている。まるで内職でもしているかのようだ。
「なんで、うちまで……」
ぶつぶつ言いながら、五郎と一緒に手を動かしているのは中山早苗だ。狭い部屋で折り紙をしているのだが、そのつぶやきを聞いた佳乃から、
「早苗様、申し訳ありません」
と頭を下げられ、慌てて手を振った。
「ええの、ええの。ただ、五郎はんが京千代紙を買ってきてくれって、それしか言わへんから。ちゃんと説明せぇと思っただけな」
「ふふ、でも、さすがです」
手を動かしながら口を挟んだのが、まじない屋のスーだ。欧州系の華僑で、薄いブロンドの髪に碧い目で北欧の妖精のごとき顔立ちである。
「京の方だけあって繊細な折り方ですね。きっと心強い味方となってくれるでしょう」
「ふーん、これがねぇ」
と、早苗は作りかけの紙の蝶、胡蝶を眺めた。きみの湯の無事を確かめた後、これまでの事情をスーに話して相談にのってもらったところ、佳乃に眷属をつけようという話になった。
作り方は、とても簡単だ。昔ながらの京千代紙で、鶴でも蛙でも、馬でも犬でも竜でもなんでも良い、命あるものを折り、佳乃の気を入れる。これで下位の式神の出来上がりだという。ちなみに温州蜜柑は手伝う素振りもみせず、
「わては、くまのマスコットに宿っとるんやで? 指とかあらへんし。折り紙とか無理やろ」
「いや、できるだろ? おまえも手伝え」
との五郎の突っ込みに、えー? と応じる蜜柑だが、手を止めずに佳乃がいう。
「五郎様、手が止まっていますよ。早苗様やスー様に手伝っていただいているのですから。蜜柑に手伝わせようとするだけ無駄です」
「無駄ってなんや。折り紙の蜜柑とは、わてのことやぞ。びっくりするような物を作ったるわ」
「へー」
興味なさげな様子に腹を立てた蜜柑が京千代紙を折り始め、出来上がったのは、猿とも狸とも猫とも狐とも、なんとも言えない代物だ。仕上がりを見た佳乃が笑いをこらえながらいう。
「み、蜜柑? こ、これは、ぷぷっ、ぷっ、い、一応、聞きますけど。これ、なあに?」
「こ、これはなぁ、これは、猿! やなくて、猫! でもないけど、狐! でもないような。そやで、これは、えーと、えーとやな」
「鵺ということでどうです」
とスーの助け舟だ。「頭は猿、体は虎、尾は蛇という伝説上の怪物です。相応しいのでは?」
「お、おおう。じゃ、そういうことで」
「なにが、そういうことでよ」
「うっさい。これは鵺や、鵺! ええから、早よう気を入れてみい。きっと縦横無尽、獅子奮迅の働きをするに違いないわ」
やれやれとばかりに佳乃が気を入れてみたところ、その折り紙は、たちまち命を得たように、と言うよりは、かさかさと微かに動き始めた。がんばれ! がんばるんや! と、蜜柑が声援を送る。
すると、その折り紙は宙に舞いあがったではないか。とはいえ、縦横無尽、獅子奮迅などという言葉には程遠く、ぷーん、と季節外れの蚊のような音を立てて飛び回った。わ、わての鵺がと肩を落とす蜜柑と、笑いに身をよじらせる佳乃である。
さて、すっかり拗ねてしまった蜜柑を捨て置いて、京千代紙がなくなるまで折り紙を続け、早苗とスーが帰る時間となった。いじけて留守番の蜜柑をおいて、五郎はスーを、佳乃は早苗を、それぞれ駅やバス停へ送っていったが、その日、佳乃が戻ってくることはなかったのである。
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