第141話 虚空の舞台

1/1
前へ
/166ページ
次へ

第141話 虚空の舞台

 外から見ると、何の変哲も無いビルの一室だったが、足を踏み出した五郎は思わず息を呑んだ。窓があるべき場所にそれがなく、代わりに果てのない虚空に迫り出した木造りの舞台だ。  そこに、草臥れたサラリーマン風の男がOL風の女性を従えて立っていた。高島承之助である。 「おや、ここがよくわかったな」 「佳乃はどこだ?」  五郎にしては珍しく、怒りのこもった声で問いかける。対して高島が飄々と応じた。 「いまにも握り潰されるところさ。舞台から下を覗いてみるがいい」  言い終えるのを待たず、五郎が舞台の端に駆け寄るや、ぼん! と爆発音が響いた。ああ、わての(ぬえ)がと温州蜜柑が嘆き、舞台から遠く底の方では外法童子の頭が吹き飛んでいた。鵺と名付けられた式神が眼前で爆発したのだ。おかげで危ういところを逃れた佳乃である。その無事を確認して、ほっと息をつくと、五郎は高島を睨みつけた。 「よくも佳乃を……」 「なんだい、なにか文句があるのかい? 元はといえば神尾家の蒔いた種だぞ。子孫に責任はないといえば、そうかもしれないがね」  笑う高島に詰め寄ろうとしたとき、ぐらりと舞台が揺れた。外法童子が降り立ったのだ。吹き飛んだはずの頭も元に戻っている。素早く駆け寄って高島と女性を抱き上げると、舞台を踏んで飛び上がった。  木造りの舞台は五郎と蜜柑を乗せたままぐるんと回り、ゆらゆらと虚空を落ちていく。勢いはそれほどではなかったが、かなりの衝撃が走り、落下した舞台がばらばらに砕け散った。投げ出された五郎に佳乃が這い寄る。大きな怪我はない様子ながら、心配げに見守る佳乃の耳に嘲るような声が響いた。 「死んでも構わないと思ったが、運の良いことだ。そこで大人しくしていると良い」 「いったい、なにが望みなのです」 「知る必要はない」  短く応じてその気配が消え、果てもなく広がる薄闇に、五郎と佳乃と蜜柑とが取り残されていた。
/166ページ

最初のコメントを投稿しよう!

55人が本棚に入れています
本棚に追加