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第142話 天の助け
五郎は、蜜柑や佳乃と一緒に薄闇の中に閉じ込められていた。あたりの様子を探りながら蜜柑がいう。
「あかん、出口ないぞ。こんな水も食べ物もない場所では、五郎はんが心配や」
「そうね。それに高島が何をする気なのか。神尾家や稲田家と因縁がある様子で、きみの湯を狙っていましたからね」
「なんとか脱出しないと」
考え込む五郎だが、そうは妙案も浮かばない。舞台が浮かんでいた辺りに見えない出口があるのではないかと思っても脱出の糸口もない。
ところが、がらがらと戸の開く音が響き、まさに舞台が浮かんでいた辺りに引き戸が出現した。そこから顔を見せたのは、欧州系華僑のスーだ。助けを求める五郎に対して、
「あら、いやですね。覗かないでくださいな」
と、ワンピースの裾を整える。
「まったく、なんの準備もなく飛び出して行って。こうなるのも当たり前です。そこで、しばらく頭を冷やしてみては?」
「いや、悪かったと思ってます。佳乃が危ないと思うと、矢も盾もたまらず」
頭を下げる五郎を庇って、佳乃がいう。
「おかげで助かりました。すんでのところで」
「そやで。わての作った鵺が、おまんの元へ案内して、あげく自爆して助けたんやぞ」
「そうね。ありがとう、蜜柑」
「えらい素直やな。ちょっと怖いわ」
「なんでよ!」
と、いつもの調子だ。はいはい、喧嘩はおしまいと手を叩いて、スーが細い糸を取り出した。銀色に光るそれを、するすると虚空に降ろす。
「それを伝って上がってきてください。ただし……」
と言いかけたスーの忠告も聞かず、蜜柑が糸に飛びついてのぼり始めた。
「よっしゃ、行くで。わてが一番や」
「なんでよ! 五郎様が先でしょう?」
「そんなん知らん。わては取り憑いとるだけで、別に仕えとるわけやないし」
「感謝して損したわ。ほら、降りなさいよ」
「こら、足を引っ張るんやない。糸が切れるやろ!」
と、ぷつりと糸が切れ、蜜柑、佳乃ともども落っこちたもの。やれやれ、蜘蛛の糸も知らぬのかと溜息をついて、スーが再び糸を垂らしたという。
一方、その頃、きみの湯の煙突に黒い影が現れていたのである。
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