第144話 喰われる音

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第144話 喰われる音

 もうもうと舞う粉塵に崩れ落ちる瓦礫(がれき)、薄闇に噴きあげる源泉、周囲を覆う湯けむりに紛れて、外法童子の巨躯が宙を舞う。より大きなものに押しやられたように見える。その眼前の空気が大きく膨れ上がったと同時に、警察や消防のサイレンの音が、ざわつく喧騒が、すっと消え失せた。  剥き出しの土間に巨躯が叩きつけられて土煙があがり、だらりと下がった腕から高島と女性とが転げ落ちた。どうやら高島は気を失っているらしい。葛音や勝樹が何事か叫ぶが、まるで音というものがしない。沈黙が周囲を支配するなか、外法童子の顔面にヒビが入り、粉々に砕け散った。  それは無音の世界に(あらが)うように飛び起きると、天を仰いで咆哮をあげた。すると、警察や消防のサイレン、建物の崩れ落ちる音、源泉の噴きあげる音が戻ったのである。  顔を失った外法童子は、赤いざんばら髪を振り回して見境なく暴れはじめた。何者であるか、勝樹らにはもとより、駆けつけた警察官や消防士に分かるはずもない。近付いてくる警察官らに対し、きりきりきりと首を回して、外法童子がその顔をざんばら髪で巻いて跳び上がった。腕も脚もひとまわり大きくなり、髪を振り回して吼える姿は鬼神の如く。  高島が気を失い、猩々面を失ったことで制止が効かぬのか。声も出せずにいる警察官らに襲いかかり、丸太のような腕を振り下ろした。  制服姿の男らが叩き潰されるその寸前で、不自然に外法童子の腕が静止した。不可視の壁に突き当たったかのようで、腕の先から、ぶすぶすと煙があがる。  月子さんの仕業だった。おっとりした性格ながら、稲田神社の(すえ)として、妖しのものを抑える力を持っているのだ。わけもわからぬまま命拾いした警察官らは、ざんばら髪の奥から覗く外法童子の素顔を見て後ずさった。  早く逃げて、と絞り出した警告に警察官らが数歩後ろへ引く。外法童子に向けて手をかざしていた月子さんは、はっとしたように顔を上げた。地鳴りとともに街が揺れ始めていた。今度は、腹の底からの声で、 「逃げて!」 との叫びが響き、その直後、激しい爆発により、きみの湯は跡形なく消し飛んだ。
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