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第147話 胡蝶の舞
喰い合いを制したのは音なしである。見えず、触れず、聞けず。しかし、確かにそこにある悪意と飢えの塊が外法童子を喰い終えた。
暗い空の下に取り残された高島と女性、また三姉妹と勝樹と、頭上に落ちかかる目に見えぬ圧のようなものに押し潰されそうになる。付近の建物がへしゃげ、崩れ、音もなく消失していった。空気が重く、誰も動けないまま、その気配が頭上すれすれにまで落ちかかり、勝樹の持つ木刀の先端が消失した。このままでは喰われてしまうだろう。
だが、張りつめた空気を破って、ひらひらと蝶が舞い込んできた。よく見ると紙の蝶である。あとから、あとから、ひらひら、ひらひら、色とりどりの無数の胡蝶が明滅する光を放ちながら飛び来たり、寄り集まって、ひとつの形を成していく。
ビルひとつ分はありそうな巨大な球体だ。あたりの静寂が払われ、音が戻るとともに、頭上にあった圧も消え失せた。ころころと、よく通る声がいう。
「見えず、触れず、聞けず。ならば見えるように、触れるように、聞けるようにしてやれば良い。佳乃さんの受け売りですがね。形がないのなら形を作ってやれば良いのです。さあ、縛りますよ」
「はい」
スーに応じて、佳乃が手を振ると、舞い上がった無数の胡蝶が球体に張り付いていく。それはきらきらと明滅し、星のように輝いていた。
「いやぁ、綺麗やな。ほんまのお星さんみたいや。そんな恐ろしいもんとは思えやんわ」
と、楽しそうな蜜柑の声を聞いて、佳乃が溜め息をついた。
「呑気なものね。音なしを縛ることができたら、あなたの出番なのよ。食べて浄化するんでしょ?」
「まあなぁ。それぐらいしか思いつかんけど、嫌やなぁ。おなか壊しそうやわ」
「おなかと引き換えに滅することができるなら、いくらでも壊してちょうだい」
「えー? ひどいわぁ」
と、ぶつぶつ言っていた蜜柑が佳乃の前に飛び出し、そのまま弾かれるように宙を舞った。
「み、蜜柑! どうしたの?」
「あかん、水漏れや」
球体から染み出すように目に見えぬ小さな獣の気配が溢れ出してきていた。音なしの先触れ、ミサキだ。音なしに形を与えようとしていた胡蝶に食らいつき、引き剥がしていった。
「縛りが崩れます。いけません。これではもたない! 早く……」
言いかけたスーの声が消えた。音が失われ、明滅する胡蝶も次々と消え、暗く、静かになった空から再び圧がのしかかってくる。
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