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第149話 お茶でもしながら
神辺市南区にある中華街、華やかなメイン通りから一歩入った露地裏に中国茶の専門店がある。その二階奥の広い倉庫内に、千里の元気な声が響いた。
「いやぁ、びっくりしたね。帰ってみたら文化住宅のあたりまで立入禁止でさ。遠目にも、きみの湯がなくなって更地になっているし。陽子さんに声をかけられなきゃ、どうして良いやらだったよ」
「こちらこそ助かりました。娘たちと縁があり、しかも歌える人がいてくれなければ、音なしを祓うことはできなかったでしょう。妙な式神使いがいるというから来てみれば、きみの湯は吹き飛んで跡形もないし、いまにも音なしに喰われようというところ。危なかった。しかし、そもそも、なぜ音なしを目覚めさせようなどと?」
問いかけた相手は式神使いの高島承之助である。部屋の中央で、観念したように座り込んでおり、傍らには片腕のない長身の女性だ。黙り込んで答えようとしない高島に向かって、月子さんが問いを重ねた。
「そうよ。どうして、こんなことを? 危うく、みんな死ぬところだったのよ。きみの湯はなくなってしまうし、私の番台も、へそくりも、隠してあった御菓子も、全部なくなっちゃったんですからね。御近所さんだって家が半分なくなって、私たちも着の身着のまま、着替えのひとつもない」
さすがの月子さんも厳しい表情だ。重ねての問いかけに、高島が重い口を開いた。
「建物や家具や、すべて上乗せして弁償しよう。周りの家のことも面倒みるさ。いくらあれば良い? 一億か、二億か? 僕の悲願は達せられた。金で済むのなら、言い値を出そう」
「えー? ほんとにいいの? じゃ、一億! あ、やっぱり二億で」
「こら、月子! そうじゃないでしょ」
と叱りつつ、陽子が高島を見つめていう。「なぜ、音なしを目覚めさせようなどとしたのか。それを聞いているのよ。ちなみに三億でお願い」
しれっと値を釣り上げる陽子から目をそらして、だんまりの高島である。その様子をみながら、ころころと鈴のような声で、スーが口を挟んだ。
「まあまあ、皆様。名坂様と狭間様を待ちましょう。急展開で間に合いませんでしたが、頼んであった病院回り、そろそろ成果がありそうです」
病院という言葉に高島の肩がぴくりと動いた。なにやら事情があるようだ。傍らの女性が高島を支えるように寄り添う。
まあ、お茶でもしながら待ちましょうと続いて、久々の飲茶は相変わらず手品のよう。倉庫に集まった面々は、ほっと一息ついて。影の薄い五郎や蜜柑も成り行きを見守ることとした。
その頃、疲れた表情の狭間巡査を連れて、名坂警部補が、中華街をスーの店へ向かっていた。
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