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第150話 早希
倉庫に入るや否や、名坂警部補が月子さんの手を取っていう。
「御無事でなによりです。私のできることであれば、なんでも言ってくださいね」
「は、はぁ、ありがとうございます」
勢いに押され気味の月子さんに代わり、スーが問いかける。
「それで? 名坂様、なにかわかりましたか」
「ああ、押さえたぞ。名前は高島早希だ。スーの睨んだ通り、病院にいたよ。狭間! 説明を」
「はいはい、わかりました」
狭間巡査が、メモ帳を広げながら応じた。
「まったくもう、越権行為に職権濫用も良いところですよ。なんの捜査でもないんだから。ええと、高島早希さん、36歳、女性。普通のOLさんでしたが、5年ほど前から意識不明の状態です。医学的には眠っているとしか言えないと。結婚しており、夫は高島承之助。当時は総合商社の若手課長でした」
言葉を切り、高島を見て、傍らの女性を見て、手帳に目を戻し、もう一度、女性を見た。手帳と女性と交互に見ながら、
「ええと、早希さんは、茶髪のセミロング、すらりとした長身、細身、切れ長の目、泣きぼくろが魅力的で。ちょうど、そちらの女性のような……。あれ? そちら早希さん?」
皆の視線が女性に集まる。困惑した様子の女性に見つめられ、高島が溜息をついた。
「やれやれ、そこまで調べられているなら仕方ない。そうさ、早希だよ。少なくとも見かけはね。
五年前、僕と早希は、龍穴から外へ漏れ出したミサキと行き合った。その頃の僕は、ただのサラリーマンで、蠱術も、風水も何も知らなかったが、素質があったのだろうな。中途半端にミサキを祓い、祓ったは良いが、早希の魂が半分喰われたままになった。眠ったまま目覚めない早希を助けるため、ありとあらゆることを試したよ。
そして、喰われた魂を呼び戻すために、早希を模した式札を作ったのさ。だが、うまく行かなかった。魂の残滓が宿るのみで、喰われた分は戻らず、記憶も気持ちも戻らなかった。
だから僕は、呪いでも鬼神でも外法でも、何を使おうと、何を犠牲にしようと、音なしを滅し、早希を取り戻すと誓ったんだ。外法童子は、約束通り、早希の魂を音なしから奪い返してくれた。
僕の悲願は達せられたんだ。式神としての縛りを外せば、魂は体に戻り、早希も目を覚ますだろう。悲願成就のためなら身も心も捧げると三千世界の烏に誓った僕だ。それさえ果たせれば、あとは野となれ山となれ。なんとでもしてくれ」
傍らの女性を愛しげに見つめると、高島は口中で何事か唱えた。だが、女性に変化はない。
「……なぜだ? なぜ、戻らない。奪われた魂は取り戻したはずだ。なぜだ? 烏よ、鬼神よ。外法童子め、約束を違えたか!」
拳を握りしめる高島の耳に、かかかかと笑い声が聞こえた。
女性の体から小さな人影がするりと抜け出してくる。しなやかな手足に漆黒の髪、手のひらサイズながら、日本的な美人の姿だ。その小ささと黒光りする両眼と、二本の角が人でないことを示していた。かぱり、と口を開いていう。
「約束違いはそちらじゃろう? 身も心も喰らわすと、たしかにそう言うたな。その約束を果たすが先じゃ。かかかかかか」
小さな体から、ひりつくような威圧感が漂う。倉庫内に不穏な空気が満ち始めた。
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