第151話 橋姫

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第151話 橋姫

 高島に約束を果たせと迫るのは、外法童子とも鬼神とも橋姫とも呼ばれる人外の者。身も心も喰わせると言うたな、と迫るが、緊張を破ったのは、かかかかかかとの楽しげな笑い声だった。 「冗談じゃ、冗談じゃ。身も心も? おかしなことを言うのう。そんな草臥(くたび)れたサラリーマンに、なんの価値があろうや。いらん、いらん、そんなもの。金平糖の一粒でももらえる方がまだ嬉しいわい。かかかか、なんじゃ、そろいもそろって鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしおって」 「えーと、あなたは?」 「ん? おお、御前は、高島が潜んでいたビルへ何も考えずに突っ込んで来よった小僧ではないか。神尾五郎だったか。勢い任せの馬鹿は嫌いでないぞ」 「あ、はい。ありがとうございます」 「私はな、そこな高島に使役されておった外法童子よ。かかかか、驚いておるのう。古い人形塚から拾われてな。元々は鬼神にして橋の守り神、橋姫様であるぞ。よいか、敬えよ?  人の妄念に囚われ、鬼と化したまま消えるところ、音なしと喰い合うことで私も浄化された。人と人の別れの場である橋は、悲しみ、苦しみ、諦め、妬み、満たされぬ想いの場ゆえ、悪い気も溜まろうというもの。だがな、橋は新たな出会いの場でもあろう。出会いを見守る神でもあるのじゃ。縁を切り、また縁を結ぶ。高島よ、御前の覚悟のほどはわかった。私は約束は違えぬ。悲願なりしときは、どこぞの橋のたもとに、小さな(ほこら)でも作ってくれりゃ、それでいい」  そう言うと、外法童子は、高島と、その傍らに立つ長身の女性を見つめた。 「早希というたな。その者の魂は、たしかに取り戻した。そこな式神に宿っておるが、まだ障りがある。音なしが消えておらぬからじゃ。散り散りになって、それでも消えておらぬ。早ければ半月、遅くとも一月もあれば、寄り集まって元に戻るじゃろう」  との言葉に、重苦しい沈黙が広がった。  見ることも、触ることも、聞くこともできない。ゆえに音なし。一方的に他者を喰らう化け物と戦う難しさは誰もが痛感していた。 「かかかか、暗いのう。なに心配いらん。ようは倒せば良いのだ。音なしなんぞ、何するものぞ。与えぬゆえに満ち足りぬ者か。悲しい、悲しい者よの。滅してやるのが供養というものよ」
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