第157話 パイルダーオン

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第157話 パイルダーオン

 頭上からの圧力とライブ会場の押さえつけられた熱気が、開演を告げるバスドラムの一撃で破られた。ステージを覆う白い煙が徐々に晴れ、演奏が始まる。  一方、会場の要所要所に配された、まじない屋や式神使い、巫女(みこ)(すえ)、また人外の者たちは、一斉に空を見上げたという。  い、ぶ、に、ほ、し、が、お、ち、る。  との予言通り、不吉で不安で不快な圧力が落ちてくる。また足元では数多(あまた)の気配が生じ、目に見えぬ獣の群れが会場に入り込もうとしていた。  一方、むくむくと大きくなった蜜柑は、屋根をすっかり超えて、家ひとつ分はある巨大なくまのマスコットと化した。野外ステージは海に面しており、演奏に混じって潮騒(しおさい)が聞こえる。我知らず溢れ出る涙を拭い、その場にうつ伏せになると、んがと口を開いてみせた。 「五郎はん、乗ってや」 「え?」 「パイルダーオンや。口から乗るんや」 「ぜんぜんパイルダーオンじゃないし。頼むから、食うなよ」 「食わん食わん。ええから、はよ入れ」  おっかなびっくり口の中へ入ると、ぱくりと閉じられた。仕方なく前へ進む。ぼんやりと明るくなってきた先は果てのない草原で、墓碑銘のない一群の無縁仏が寄り添うようにして爽やかな風に洗われている。  さらに、その先には光の差さない牢獄のような洞窟、そして山深く寒い土地を抜け、小高い丘の上、薄い林に月がかかる。すべて幻のようで、しかし、現実でもあるような、その境目がわからなくなってきたころ、慣れ親しんだ軽薄な口調で、 「五郎はん、何しとるんや。のんびりしとらんと、はよ来いて」 と、いつもの手乗りサイズの蜜柑が姿を現し、五郎を案内する。海辺を歩き、古い街並みを抜け、たどり着いたのが崖の上の古い洋館だ。  その地下、長い階段を降りた先に、巨大な温州蜜柑と、どこかで見たような赤いプロペラ機だ。そこまで案内してきた小さい方の蜜柑が、さあ乗れ、パイルダーオンやと促す。  流されるようにプロペラ機に乗り込むと、不意に視界が開けた。気付けば、元のライブ会場である。プロペラ機のシートに座ったまま、小さなビルの屋上ほどの高さから会場を見下ろしていた。 「よっしゃ、成功や!」 「あれ、蜜柑、どこにいるんだ?」 「どこにやて? 面白いこと言うやんけ。おまんは、わての頭の中やぞ。パイルダーオン成功や」 「え?」
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