55人が本棚に入れています
本棚に追加
/166ページ
第158話 無敵のヒーロー
んがと開けた蜜柑の口の中へ入り、気付くと小さなビルほどの高さからの眺めだ。なにがなにやらわけがわからず、五郎がおろおろしていると、
「はぁ、察しの悪いやっちゃな」
と軽薄な口調の蜜柑である。
「おまんは、わての頭の中におるんや。ええか、本来、妖しのものは形も何もない。見るものがそれを縛ると、ミサキの件で体験したやろ。音なしに同じことをするんや。おまんが始末をつけるんや!」
「なんで俺なの?」
「情けない声を出すな。わてを信じる五郎はんにしかできへんのや」
「おまえを信じるって? 疑いしかないぞ」
「こら、そこは信じとると言わんかい」
「わかった、わかった。信じてるとも。んで、どうすればいいんだ?」
「もうじき、音なしが落ちてくるはずや。そいつを打ち砕く。そのために、超絶に格好良く無敵のヒーローを想像してくれ。わて自身に投影するからな」
「わかった。イメージな」
うーん、と考え込む五郎である。それにつれて温州蜜柑の体が光に包まれた。ライブ会場の客も光に気付いて声をあげる。そこに現れたのは、銀と赤のツートン、胸には青いランプの……
「デュワ! って、なんで、これを選んだ? あほか。パイルダーオンして、デュワ! って、そらないやろ。タイマーとかいらんし。大人の事情で三分縛りとかあかんて。三分で勝てるわけないやろ。ピコンピコンいうて点滅しだしたら残り三十秒やぞ。将棋の早指しと違うんや。そんなんで化け物に勝てるか!」
「おまえならできる。信じてるぞ」
「嘘こけ。信じとる顔と違うぞ」
「あ、もう時間が」
「こら待て、ピコンピコンさせんな。まだ音なしが間に合っとらんがな。いや、間に合うとか間に合わんとかと違うけども」
「じゃ、こっちで」
「お、なんか変わった。って、白黒ツートンのクマか。一応、あしゅら男爵が入っとるけど、あかんて。いろいろ被っとるで、やめてぇな」
「んじゃ、こっちは?」
「また変わった。って、ふざけんな、プーさんやんけ。これで、どないせぇっちゅうねん。なんかあるやろ、もっと強くてラブリーなヒーローが」
「文句が多いぞ、蜜柑」
「なんでわてが怒られとんねん。おう、やばいで五郎はん。そろそろ音なしが来るぞ」
「わかった! じゃ、こいつだ!」
「おお、来た! 来たで! 巨大な体に、鋭い爪牙、失った右眼が疼く。ギシャーッ!バアハーッ! 生かして帰さん! って、赤カブト? 完全に悪役やないか。いまどきの子はさすがに知らんて」
「いや、続編も出てるし」
「もうええ、元に戻してくれ。わけのわからん姿で戦うより、慣れた姿の方がええわ」
「最初からそう言えよ」
「なんでわてが怒られてんの?」
などとやりとりしていると、ひらひらと胡蝶が舞い、スーの声が聞こえた。
「準備はよろしいですか」
「おう、なんぼでも来い」
「よく言いました。音なしを佳乃の眷属で縛りますから、それを受け止め、さらにイメージで縛ってください。行きますよ」
はっと気付くと、夕焼けの向こうから何かが落ちて来ていた。空の雲が掻き消えていく。
最初のコメントを投稿しよう!