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第161話 あ!
そびえ立つような巨大なくまが海中に立ち、アトラスよろしく、これまた巨大な隕石を支え持っている。と言っても、ギリシャ彫刻とは違い、デフォルメされたくまの姿で、さほど有り難みはない。
「んぐぐ、よーし、受け止めたで!」
言って、ぽいっと海へ投げ落とそうとした蜜柑だが、五郎に止められた。「重いで、はよ捨てたいんやけど。ん、そっと置けってか。あ、そやな。波が立ってしゃあないもんな」
そっと海へ沈めようとした時、胡蝶を通じて、焦った様子の佳乃の声が、
「み、蜜柑、待ちなさい!」
「ん?」
と応じた時には、すでに水の中である。ぶくぶくと泡が立ち、隕石を覆っていた紙が溶けた。
「「あ!」」
蜜柑と五郎の声が被った。
「あ! って何よ」
不安げな佳乃の声がする。「蜜柑、あなたまさか? 音なしに形を与えた式神は紙なのよ。水に入ればどうなるか、わかるでしょ?」
「も、もちろん、わかっとるわい! 五郎はんが、そっと置けって言うでやな」
「おまえ、海へ投げ捨てようとしてたじゃねぇか」
「知らん、知らん、わては知らん!」
二人とも、と佳乃の冷たい声が響く。
「どちらでも良いですから。それより、もう縛りが消えます。備えてください」
轟々と海が沸き立ち始めた。潮が引くように海面が下がっていく。隕石を下ろした辺りに、ぽっかり穴が開き、海水が消え失せていく。すべてを喰い尽くす飢えの塊、与えぬゆえに満ち足りぬ者、飢えて飽きぬ者、即ち、音なし。喰えば喰うほど飢えは増し、力も増すのだろうか。海を喰らう大穴が、見る見るうちに広がっていく。
メールストルムの如き大渦と化し、このままでは、付近の船舶もすべて引き摺り込まれてしまうだろう。為すすべなく見守る蜜柑と五郎の耳に、息を切らしたスーの声が聞こえた。
「まだ手は打てます。音なしは紙の縛りから逃れましたが、いまは水の縛りに捕らえられています。温州蜜柑の力も最高潮のはず。イメージで縛り、形なきものに形を与えるのです」
「さっき蜜柑にしたようにか。わかった。海の巨大な生き物と言えば、これしかないだろう」
五郎が念じると空虚な大穴に変化が生じた。暗い空を裂いて差し込む夕陽が照らし出したのは、街を丸呑みにできそうな怪物である。白く長い胴体に、蠢く十本の触手。満足げな五郎がいう。
「クラーケンをイメージしてみた」
「これは強そうや。格好ええやんか、って、違うわ。わての時は、プーさんやら赤カブトやら、ろくな物を考えつかんと。なんで相手にばっかり、まともに強そうな化け物をイメージすんのや」
「そんなこと言っても」
不満そうな五郎の代わりに、スーが口を挟む。
「イメージの縛りは自然なもの、直観的なものですから仕方ありません。それはそれとして」
相変わらず息を切らした様子で、ぐっ、この、と気合いの声が合間に入る。
「思った以上に、ミサキの数が多い。皆様も限界が近いようです。温州蜜柑、頼みますよ」
「くそぉ、やるしかないんか。そやけど、こんなのと海で格闘したら……」
「だいじょうぶ。巻き起こる波は、こちらで何とかします」
「そうかいな。信じるでぇ。よっしゃ、行くぞ。五郎はん、最終決戦や」
「ほい」
「返事が軽いわぁ」
などと言いつつも、クラーケンの姿となった音なしに、巨大なくまが向かって行く。
人類最後の日来たる。
と予告編が聞こえてきそうだが、片方が愛らしいくまの姿のため、さしたる緊張感もない。聴衆や視聴者からも、最近の立体映像は凄いなぁ、ぬいぐるみっぽいのが残念などとコメントされながら、人知れず決戦に赴く。どうなる次回? 乞う御期待!
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