第162話 とったどぉ!

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第162話 とったどぉ!

 触ることも、見ることも、聞くこともできない。ゆえに音なし。すべてを喰い尽くす果てなき飢えの塊、与えぬゆえに満ち足りぬ者、飢えて飽きぬ者とも呼ばれる強烈な飢えと苦しみの化物だ。水で縛られ、いまはクラーケンの姿となっている。対するは巨大なくま、ただしデフォルメされた愛らしい姿である。  互いに街ひとつ潰せるほどの大きさで、怪獣大決戦の様相を呈していた。クラーケンと蜜柑が組み合うだけで激しい波が巻き起こる。  ライブ会場となっているカンベランドスターへも大波が押し寄せるが、どん、と衝撃がはしり、波を押し返した。埠頭に立って拳を構えるのは、スーの兄、ヤンだ。いつもの影の薄い感じではなく、生身の体である。この日に備えて日本へ渡ってきていた。そんなことに気付く余裕もあらばこそ、蜜柑は触手に絡みつかれて四苦八苦していた。 「こいつは強すぎる。五郎はん、わてにもなんぞ強いイメージを。オリジナルでええから。わてのイメージを元に力を持たせてくれ」 「よし、わかった! こうだ!」  五郎が念じると蜜柑の体が光り、その姿が変わっていく。現れたのは、鋭い爪牙に目付きの悪い凶暴な雰囲気の大熊だ。おでこには燦然と輝く無責任の三文字、口を開くと顔が割れて、中には鮫のような歯がびっしりと並んでいる。まだらに毛や鱗に覆われ、蛇の尾も生えており、愛らしいくまから一転、醜悪な怪物と化した。 「なんで? わてのイメージってこんなんけ。こうなりゃヤケや、音なしなんぞ、なんぼのもんじゃい。喰い殺したる」  蜜柑がクラーケンの触手に喰らいつく。しかし、喰っても喰っても後から後から再生し、触手が減る様子はない。蜜柑の疲労が溜まるのみである。 「切りがないわ。今度は、音なしに弱いもんを投影してやってくれ」 「よーし、わかった! こうだ!」 「さっきも、そのセリフと違ったか? ほんまに、真面目に考えとるんかいな」 「考えているとも。蜜柑といえばくま、くまといえばこれだ」  今度は音なしが光り出し、その姿を変えていく。現れたのは巨大なサケである。海の魔物から、デフォルメされた愛らしいサケの姿になっていた。大熊に捕らえられ、腕の中でピチピチと跳ねる。 「なんやこれ」 「サケだ」 「知っとるわい!」  わい、わい、わい、と突っ込みがこだまする。
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