第165話 おまけ

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第165話 おまけ

 思わぬ告白を強いられた神尾五郎である。冬来りなば春遠からじ。幸せの予感とともに、一抹の寂しさを感じる者もあった。  バンドメンバーにからかわれる五郎と美琴を遠目に見守りながら、葛音は、冬の海を足下に置いて堤防の縁で足をぶらつかせていた。お手玉の要領で蜜柑を放り投げては受け止める。やーめーろー、と叫ぶ蜜柑の声も耳に入らないか。それを見て、声をかけたのは神尾勝樹だ。 「おい、やめてやれよ。そのうち落とすぞ」  ふんと鼻を鳴らすと、葛音は受け止めた蜜柑を勝樹に投げ渡した。クリスマスイブの華やかな遊園地を背景に、海を眺めながらいう。 「髪、伸ばそうかな」 「そのままで、いいんじゃないか。俺は、ショートカットの方が好きだ」  そっぽを向くようにして勝樹が言い、葛音は、ちょっと驚いたように笑った。 「あは、自分がポニーテールなのに?」 「ポニーテールじゃない。サムライヘアだ」 「わかった、わかった。でも、ありがとう」  ふわりとした笑顔に見惚れるその背中で遊園地のパレードが始まり、冬空に花火が上がった。  この世界は、常に同時進行だ。  ひとつの物語に絡んで別の物語が生まれ、忘れ去られ、しかし、どこかでまた花開いて終わることはない。それぞれのその後は、それぞれ続いていく。  名坂警部補を挟んで、月子さんと千里の戦いは続いているし、スーは明日も飲茶にふけるだろう。和装の早苗と佳乃は二人で京都を散策するのかもしれない。ほんまに可愛いわぁと愛でられながら、佳乃が妖しのものを斬って捨てる。あるいは小さな橋のたもとに(まつ)られた橋姫の元を仲良く訪れる夫婦の姿も目に浮かぶ。そこでは、かかかかとの高笑い。里奈と将吾は同棲を始めるかもしれないし、狭間巡査は、巡査部長に昇進するかもしれない。  過去は未来へ、未来は過去へ、そして、すべてはいまに繋がっている。  温州蜜柑は春の日差しを浴びて窓際で昼寝中か。佳乃に掃除の邪魔だと叱られながら、一向に気にする様子もない。そうそう、そう言えばダンボール箱の中は、いったいどうなっているのか、ちょっと覗いてみるとしようか。おや、蜜柑が立ち上がって何か言っているみたいだ。  おう、こら、なに見とんねん。人様の住処(すみか)を勝手に覗こうとは、ええ度胸やんけ。何が入っとるかは開けて見やんとわからんぞ。見る者によって、見える物も違うしな。箱を開いたらどうなるか、それはわてにもわからへん。それでも覗いてみるか? その覚悟があるのなら覗いてみ。ほな、またいつか会おうやないか。いったん、さいならや。 ……今度こそ本当に、完。
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