はなびより

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はなびより

「桜も終わりだねぇ」 並木の桜を見やりつつ詩織さんがつぶやいた。 一週間前に満開を迎えたソメイヨシノは、短い春を終えようとしている。 新緑が芽吹き始めた枝からは、ゆっくりと、でも途切れることなく花びらが舞っている。 その幾つかは風に乗り、それでもボクらが座るオープンカフェのテーブルまではたどり着けない。 「で、話ってなんでしょう?」 「あ、いや……」 「泰斗くん?」 「新歓。どこのお店にしよっかなって」 「笹倉君に一任したよ」 「え?」 「3日前。LINEで」 「そう……」 「それだけじゃないよね?」 それだけじゃない。というか、言いたいことは「それ」じゃない。 「泰斗くん?」 「あぁ……。うん」 詩織さんがボクを見つめる。ボクの言葉を、待ってる。 ボクは視線をそらしてしまう。 そして紙のカップを口元に運ぶ。 詩織さんが小さく吐息をもらした……。気がする。 ボクはカップの腹を指でトントンと叩いていた。 指を止めて。前へと進む。 「詩織さん!」 「知ってる?」 ボクらの言葉が重なった。 「……。どうぞ」 「詩織さんから」 「たいした話じゃ」 「詩織さんから。どぞ」 間があって。 詩織さんはカップの上蓋をパカリと外す。 カプチーノ。こんもりキメの細かい泡が浮かんだ紙コップを、テーブルに置いた。 「それは?」 「おまじない」 「おまじない?」 詩織さんが苦笑する。 「こういうの興味なさそうだもんね」 「あの、おまじないって?」 「聞きたい?」 「詩織さん」 声に焦りが乗ってしまう。恥ずかしい。 「桜のすぐ近くでね。こうやってカップの上蓋を開けておくでしょ」 ボクはうなづく。それで? 「散っていく花びらがコーヒーの上に浮かんだら、願いごとが叶うんだって」 「願いごと」 「バカバカしいって思ってる」 「思ってない」 「バカバカしいよ。実際」 詩織さんはカップをつかんでカプチーノを飲む。 口元についたかすかな泡を指先でぬぐう。 「詩織さん」 「なんですか?」 「願いごとって」 「聞きたいんだ」 「それは」 「タダで教えるのは気が引けるけど」 「詩織さん」 「勇気を出してくれること」 「え?」 「泰斗君が勇気をだしてくれること」 視線をそらしたくなるのを、こらえる。 詩織さんはなにも言わない。ボクをただ見つめている。 言葉を、待ってる。 「詩織さん!」 彼女の名前を呼ぶボクの声は、思ったよりも大きくて、周りの人がボクを見る。 顔がほてる。 うつむいてしまいそうになる。拳をギュッと握りしめ、こらえる。 「詩織さん」 「はい」 「ボクは、詩織さんのことを」 喉の渇きを感じ、カップのコーヒーを流し込む。 詩織さんはそんなボクを見つめてる。 やさしい笑みを浮かべながら。 カップを置いた。 呼吸を整え、いいかけの言葉をつなごうと口を開く。 ひときわ強い風がふく。 風はボクの言葉をまず飲み込んで、そして詩織さんの艷やかな髪をかき乱す。 「詩織さん?」 「聞こえてる」 風で乱れた長い髪を、詩織さんは手ぐしを入れて整えなおす。 その瞳が、潤んでいる気がする。 「すいません」 思わず謝罪の言葉が出てしまう。 髪を整える手が止まり、詩織さんがボクを見る。 「こんな事になるんだったら、僕ら最初から」 詩織さんが両手で顔を覆った。ボクは言葉を飲み込んだ。 彼女の肩は小刻みに揺れている。 どうする事もできなくて、ボクは泣いてる詩織さんから視線をはずした。 「話してくれてありがとう」 詩織さんは5分ほどで落ち着きを取り戻す。 いつもと変わらぬ口調の彼女に、ボクはかける言葉を思いつけない。 「サークル仲間としては、これからもよろしくね」 詩織さんがそれでいいなら。 ボクは微笑み、うなづいた。 「授業があるから」そう言って詩織さんが立ち上がる。 一緒に行くのは気が引けるから、ボクは去っていく詩織さんを見送った。 それからしばらく、桜が花を散らすのをぼんやりと眺めた。 桜と共に、ボクと詩織さんの春も散ってしまうんだ。 ボクのせいなのに。 感傷的な気分に浸る自分が嫌になる。 店員に軽く退店を促され、ようやくボクは重い腰を上げる。 片付けようと、テーブルに残る詩織さんの紙コップを引きよせた時、気がついた。 泡を失ったカプチーノの表面に、桜の花びらが一片、静かに浮かんでいた。 願いが叶ったのは誰なんだろう。 完
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