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今から約3ヶ月前。
しとしとと長雨が続き、湿度が重く苦しく感じられる、そんな日だった。
突然、彼女の余命があと3ヶ月しかない事が告げられた。
動揺を隠せない俺をよそに、彼女は一度も自らの人生を諦めた事はなかった。そもそも無理だと言われると逆に闘志が燃える性分だという。
限りある1日を大切に過ごす。
彼女は入院したその日から思いついた夢を片っ端から叶えていった。
タイヤ味のグミを食べたい
万華鏡を作ってみたい
三重跳びを成功させたい
それは大きな事からくだらないほど小さな事まで。毎日毎日思いついたことを叶えていった。後悔ないように、したいものは全部。なんだって。
そして、もし99個叶える事ができたなら、
3ヶ月という医者の予想を裏切ることができたなら。
彼女は100日目にこの白い箱を破って外に出たいと言った。こんな白くて冷たい所で死にたくない、たくさんの景色を見て、たくさんの色に囲まれて生きたい、と。
彼女の強くて儚いその意思を叶えてやりたいと思った。ずっと側にいた、彼女の幼馴染として。
「絶対よ、明日9時に迎えに来て。検温が終わったあと抜け出すの。大丈夫、点滴のアラームの止め方は何度も見たから知ってるわ」
「それはそれは用意周到なことで……」
「まずはお花畑かしら……でも最後は絶対海。これは外せない」
「へーへー、腐る程聞いたからもう覚えてるよ」
「お願い、必ず迎えに来てね。必ずよ」
彼女はもう棒のようになってしまったその指で俺の袖を掴んだ。ほとんど力の入らないその指先に胸がぎゅうと締め付けられる。
堪らずその手をそっと包む。彼女が壊れてしまわないように優しく抱きしめ、不安げに下がった眉にそっとキスした。
「仰せのままに、王女様」
「どうせならプリンセスって呼んで欲しかったわ…でもありがとう」
彼女がふわりと微笑む。その笑顔で鈍りかけていた決心が固まった。
俺は明日、彼女をこの病室から連れ出す。彼女のためなら王子様にでも犯罪者にでもなってやろう。
そう思っていた。
翌日、からっぽの病室を見るまでは。
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