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「君は娘の……」
ガチャンと派手な音を立ててトランクが倒れた。
昨日まで彼女がいたベット。今は空っぽだが、その隣に2人の男女が立っていた。その2人の向こうに彼女の面影が見えて、すぐにそれが彼女の両親だと分かった。
会ったら言ってやりたいことが山程あった。
なぜ仕事にかこつけて彼女を独りぼっちにした?こんなに広くて殺風景で白くて冷たい、こんな個室に彼女を1人閉じ込めて。
彼女はこんな箱の中で毎日を必死に生きていた。
なのに。
なのに。
なのに、俺の口は真一文字に結ばれたまま、何1つ声を発することができなかった。
「これを君に」
渡された見覚えのある小さな鞄。パンパンに膨れ上がったそれは彼女が生き抜いた100日目、今日のために用意した旅行かばんだった。
あれ?
1つの違和感がもやもやと胸に渦巻き始めた。あんなにいっぱいになるまで物を入れて準備をしていたというのに、あまりに軽すぎる。
嫌な予感を1秒でも早く払拭したかったのかもしれない。気づけば俺はチャックを引きちぎれんばかりに素早く引っ張り、カバンの口を勢いに任せて開いていた。
「は……?」
一瞬だけ息も時間も、心臓までが止まったような気がした。そこには彼女の財布も携帯も衣服も、ましてや彼女の下着すら入っていなかった。
いくつもの、何枚も何枚も撮った彼女の生きた証。俺が今まで撮影してきたポラロイド写真が溢れるほどに詰められていた。
その時、1つの事実が鉛玉のようにどさりと落ちる。
彼女は最初から、この箱から出られない事を理解していたんだ。
「なんだよこれ……鼻っから諦めてたんじゃないか! 迎えに来いって言ったのに……必ず! 迎えに来いって……!」
どさり、と絶望感と共に旅行かばんが床に落ちる。いくつかの写真が足元に散らばった。どの彼女もふわりふわりと微笑んでいる。俺が憎たらしいほどに大好きなその笑顔で。
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