nanbu line 4/14

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川崎の住宅街を抜けてきた南武線が登戸駅に停車し、多摩川の桜並木から舞い飛んできた花びらが、車窓にぺたりと貼りついた。 例えるなら「通行人のサラリーマンA」。ザ・モブキャラというか、パッとしない無個性の塊のような僕の顔が、花びらが張り付いた窓の反対側の面に映っている。 以前住んでいた茨城の田園地帯とは全く違うこの風景も、やがて見慣れてくるのだろうか。桜が散る前に一度ぐらい花見に行きたいが、そんな暇はない。 ラッシュでマスクをしたサラリーマンと学生らにドアに押し付けられていた僕は、その花びらと都会にへばりついて頑張ってる自分が重なる気がして、写真を撮ろうとスマホのカメラを起動した。 すみません。撮らないで下さい 目の前に、スマホのメモに打ち込まれた文章が突きだされた。 「え?」 スマホの主は、すぐ横にいた女子高生だった。 肩まで切りそろえられた髪と、念入りに作ったと思われる緩くカーブした前髪の下から、咎めるような視線が僕に向けられている。 タヌキ顔系の可愛らしい目をしているが、マスクで顔は分からないし、そんな呑気な感想を抱いている場合ではない。 「盗撮疑惑→痴漢冤罪→問答無用で逮捕→仕事も人生も台無し」 恐ろしい連想がよぎり、僕はすぐさまアプリを閉じて「違うんです。この花びらを撮ろうとして……」と言いかけたところで、当の花びらは春風に巻き上げられて飛んでいく。 女子高生が素早くメモを打ちこみ、再び見せた。 どこにあるんですか? 「や、さっきまであって……気を悪くされたのなら、すみません」 どうしてこんな年下の子に、身に覚えのないことで頭を下げなければならないのか……と憤りを抱きつつ、ようやく希望の職場に転職した矢先、こんなことで全てを失う訳にはいかないので、僕はただただ頭を下げ続けた。 周囲の乗客は、こちらのやりとりに気付きつつ関わらないようにしている。見てた人はいないのか。誰か助けてくれよ……。
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