凍り雨

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 「――センセイ」 「何か、質問?」 「・・・・・・」  リハビリのことじゃねーよ!何、サッサとお仕事モードに戻ってんだよ。 切り替え、早っっ!  おれは心の中でツッコミを入れつつ聡を睨み付けて、左手を差し出した。 「色いろありがと。今日もホントは休みなのに、病院に来てくれてうれしかった。握手」 「え・・・?」  おれは早口で言った。聡に深く考える暇を与えたくなかった。 「握手なら、それくらいなら別に、ヘンなことじゃないだろ?」  ホントはギュッと抱きしめて、キスして、それで、――それ以上のこともしたかった。  いつまでも手を引っ込めないおれにあきらめたのか、聡はおれの手をゆっくりとほんの軽く、握った。 しかし、おれはギュッと握り返した。力の限り。聡の体、の一部には、間違いなかった。  そしてそれは、ガサついていて固く骨張っていて、しかも・・・ 「冷たっ!センセイこそ、冷えてんじゃん!顔赤いから、全然平気だと思ってた」 「あ・・・」  おれにヘンな考えはなかった。――その時は、まるでなかった。 おれは差し出された聡の左手を握ったまま、反対の手で聡の赤い頬に触れた。  そこは、燃えるように熱かった。手は凍ってるように冷たいのに・・・ 「センセイも風邪、引くなよ?」 「あ、あぁ・・・ありがとう」  最後にひと撫でだけして、おれは聡の頬から手を退けた。 ――頬は手と違って、とてもスベスベしてて、柔らかかった。 チュッ!とかしたら、やっぱダメだよな?・・・場所もばしょ、駅の改札前だし。  おれは、握ってた左手も離した。もっともっと、握ってたかったけど。 「じゃあ、センセイ、また」 「あぁ、気を付けて――」  おれは改札を抜けて、ホームに向かうコンコースの途中で振り返った。 聡はまだそこに、改札口の前に立ってた。おれが手を上げると、それに応えて、 「(なぎ)!」 と大声で、おれの名前を呼んだ。  何?・・・こっ恥ずかしいんですけど? さっきまで二人きりで、話す時間、いっぱいあったよね?  聡は続けて、叫んだ。 「退院、おめでとう!リハビリ、よく頑張ったな!和は偉いよ!本当に偉いよ!」 「・・・・・・」  おれは黙って、聡に手を振り返した。 全く・・・病院に来た時、とりあえず真っ先にソレ、言っとけよ。 お約束じゃん。  前を向いて歩き出してもまだ、聡の手の冷たさは、なかなかおれの手から消えなかった。 それでも、おれの体は心は、なぜかポカポカと温かかった。  早く、四月が来ればいいのに。 でも、その前にまだ、三月がある――。  その頃には今よりもっと暖ったかくなってて、聡の手も、あんなに冷たくないといいと思う。  おれは、何にか分からないけど、とにかく祈った。                  終 
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