凍り雨

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凍り雨

 聡がおれに貸してくれたのは、さっき差してたビニール傘ではなく、黒い男物の、もっとしっかりしたのだった。 いつも、聡が使ってるのかも知れない。  ビニールのでいい。とおれは言ったが、雪になるかも知れないから。と突っぱねられ、結局、ムリヤリ押し付けられた。  聡は見た目に寄らず、ガンコなところがあった。――シッカリしてる、と言えなくもないけど。 「――センセイ」 「何?」  駅に向かう途中の道で、おれに応える聡はもう、おれがよく知ってる理学療法士の氷見センセイだった。 目はまだ、赤かったけど。 「四月になる前も、会おうよ」 「え・・・?」  途端に、聡の赤い目が揺れる。ホント、分かり易い。 イヤだとか、ダメだとか言いたくても、言い出せない顔――。かなり、そそる。  でもおれは、ガッついてると思われたくなくて、ささやくように言った。 「センセイが犯罪者になるようなこと、ゼッタイしないから。ね?」 四月までは。とおれは心の中で付け足す。  四月が来れば、条例なんて関係なくなる。おれとヤっても、聡は犯罪者になんてならない。 そうなったらもう、聡がおれを拒否る理由はなくなる。――ヤりたい放題だった。  聡もおれも、それぞれ傘を差してるので、体は離れていたが、おれは確かに聡の体温を鼓動を感じてた。  目と同じくらい、聡の顔は赤かった。 「分かった」 「じゃあ、連絡先教えてよ。――病院に掛けるわけいかないよね?」 おれは別に、それでもよかった。聡が教えてくれなかったら、最悪、そうしようと思ってた。  でも、聡はすんなりと教えてくれた。聡からは来なさそうだったけど、一応、おれのも教える。 「センセイも、連絡してきてよ」 「あぁ」  おれがダメ押しすると聡は少しだけ笑ったが、その顔はぎこちなかった。 迷って、悩んでるのがハッキリと分かった。きっと、勢いで色いろとおれにぶっちゃけたのを後悔してるのだろう。  でも、もう遅い。――遅かった。 おれとしては、聡の違う顔が見れてうれしかったけど。どれも、可愛かった。  思った通りに、聡は、 「本当に――、四月まで待つつもりなのか?」 とたずねてきた。恐るおそる、それはそれはビクビクと。  「そうだよ。さっき、そう言ったじゃん」 ――あの時、あのままヤられたかったわけ? それで困るの、センセイだよね?と言うのを、おれはグッと抑えた。  でも、声には苛立ちが出てたんだと思う。 聡はぺこりと頭を下げ、謝った。 「そうか・・・ゴメン。その、和を疑ったわけじゃなくて――、悪いと思って」 「悪いって、何が?」  聡は黙っていたが、やがて思い切ったように頭を顔を上げて、言った。 「いや、その、――これは、おれの問題だから」 「ふーん」  またもやおれは、何でもないように答えながらも、全然納得してなかった。 問題って、何だよ?全部言えばいいのに。 さっきみたくキレて、何もかもぶっちゃければラクになれるのに――。  でもそれは、聡には出来ないんだろうと思った。
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