相合い傘

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 聡は今度はハッキリ、きっぱりと言った。 「――だったら、駄目だ。出来ない」 「どうして!?」 「それは、犯罪だ」  実に重おもしく、聡に言われた「犯罪」という言葉に、おれはすかさず反応してた。 「何でだよ!?センセイだって結婚してる白河医師と、付き合ってんじゃん!?それって、不倫だよね?犯罪じゃないの?それはいいわけ?」  おれの疑問だらけを、聡はたった一言で跳ねのけた。 「いいわけないだろっ!」 「!?」  聡はこの一か月の間、おれに怒鳴るどころか、少しも怒った顔を見せなかった。  おれがリハビリが辛くてごねても、どんなにワガママ言って困らせても、辛抱強くにこやかに、付き合ってくれてた。 だから、その顔にただただビックリして――、見惚れた。  今、おれを怒っている聡は、怖いというよりは痛いたしく見える。 そして、とてもキレイだと思った。ものスゴイ必死なのに、全然見苦しくなかった。 「おれだって、こんなこと――、不倫なんて、したくてしてるわけじゃないっっ――!」  聡はそう言った切り黙り、両手で顔を覆い――、泣き出してしまった。 「センセイ・・・」 「・・・悪かった。怒鳴ったりして」  声を震わせながらも、聡はおれに謝った。声だけではなく、その肩も体も細かく震えていた。  おれは聡を抱きしめたかったが――、出来なかった。押さえ付けてた肩からも、そっと手を離した。  今、聡に言葉だけではなくて、態度でも体でも拒否られたら、それこそもう、終わりだと思った。本当に、後がないと思った。  聡はしばらくの間、本当に小さなちいさな声ですすり泣いていたが、やがて、両手を退けた。  赤い目で、おれを見て言う。 「今日、病院に行ったのは――、和とちゃんと、話がしたかったからだ」 「・・・・・・」  話って、一体何を? おれはただ聡に、出来るかできないかで答えてもらえれば、それでよかったんだけど。 で、出来るんだったら、したかったんだけど。   好きだから、する。好きじゃないから、しない。じゃダメなのか? ――ダメなんだろうな、多分。聡は。とおれは思った。  黙っているおれに、聡は続けた。 「時間あるなら、上がってくれ」  真っ赤な目で、すがり付くように言われれば、うなずくしかない。 おれは靴を脱いだ。
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