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八雲は首からかけたペンダントにそっと触れた。銀の装飾が施された小ぶりなペンダント。中央には黒い石が埋め込まれてある。
調べてもらうとどうやらブラックダイヤというものらしい。その石は小さく小ぶりであるにも関わらず、何とも形容し難い存在感を発揮していていた。
これは昔、今も夢に出てくるひとりの女性から託されたもの。彼女がどこの誰でそのあとどうなったのか、八雲は何ひとつ知らなかった。ただ覚えているのは彼女がとても必死でこれを誰かに託したがっていたことだけ。
もちろんすぐに捨ててしまってもよかったのだが、八雲はなぜか捨てることができなかった。捨てたとしてもすぐ手元に戻ってきてしまうのではないかとさえ思ってしまう。
八雲はその出来事からずっと、呪いの様なそのペンダントを義理堅く今も変わらず身につけていた。
いつか彼女が望んでいた、本当に託すべき持ち主に出会えるまで。
Pipipipipiーーー
静寂を裂くような着信音が響く。部屋に置かれた通信機のランプが赤く点滅しており、それがボスからの伝令だと知らせていた。
まだ前の報告書も、その前の前のものだって仕上がっていないのに。八雲は深いため息を吐きながら受話器を取った。
「No.8、ボスがお待ちです。至急いらしてください」
「それは任務か、それとも説教か?」
「どちらもです。至急いらしてください」
「……了解した」
無機質な声に対しできる限りの冷静を装って通信を切った。あぁまた説教か、と落胆しつつデスクの上を見る。未完成の報告書は何度見ても未完成のまま。どうしようもない。
八雲はスーツの背広だけをひっ掴み、おぼつかない足取りで部屋を出た。一ヶ月女子トイレ掃除の刑だけは勘弁願いたい。そんな事を頭の隅に浮かべながら。
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