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その時、八雲は自分の頬に生暖かい何かが伝うのが分かった。意思なんて関係ない。勝手に出てきたものだ。どんなに記憶を辿っても、こんな経験は生まれて初めてだった。
「……もう一度、触れてもいい……か」
「もちろんです。でももう、これは要らないです。そのまま触ってください。相馬君は汚くなんてないですから」
そういうと小夏は自分にかけてあったブランケットをそっとソファに置いた。
八雲はもう片方の左手を恐る恐る小夏の頬へ伸ばすとそっと触れた。マメだらけの指が小夏のなめらかな頬をぎこちなく滑る。2度3度と撫でると小夏がくすぐったそうにくすくすと笑った。
「ふふ、少しくすぐったい……でも平気です」
八雲はそのまま両手を小夏の柔らかい髪に伸ばした。何度も触れてみたいと思っていたそれは想像以上に柔らかくて細くて、指にそっと絡め取ると花のような優しい香りが鼻をかすめた。
「鳥の巣みたいでしょう?」
「天然なのか?」
「はい。お父さんと同じ髪なんです。癖っ毛で色も茶色くて。雨の日は大変なんですよ。もう、ぶわーって広がっておばけみたいになってしまうのです」
「ふ、それは一回見てみたいな」
ーーーあ、相馬君が笑った。
小夏がそう思った瞬間、腕を引かれもう一度八雲の両腕の中に閉じ込められた。
ブランケット越しには感じられなかった、八雲の匂いと暖かさがすぐそこに感じられる。小夏は不意に緩んでしまう頬を八雲の胸に押し当て、そっと背中に腕を回してみた。
抵抗しない。
それが嬉しくて八雲のシャツをぎゅっと握りしめる。頭の上では八雲が自分のつむじに顔をうずめているのが分かった。
こんなことされたらきっと恥ずかしさで死んでしまうと思っていたのに、実際は暖かくてただただ幸せで。小夏にとっては非常に穏やかなものに感じられるのだった。
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