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「旭」
「はい」
「俺は……まだ君の気持ちに応えられない。怖いんだ。本当の自分を曝け出すことが、君に拒絶されてしまうかもしれないことが」
「そんなこと……っ」
「それに俺は……まだ、君の言う人を好きだと思う気持ちがよく分からない。こんなこと……想像したこともないから」
八雲は一つ息を吐くと、もう一度強く小夏を抱きしめた。
「でも俺はもう2度と君の気持ちを疑うことはしない。こんな俺を好きだと言ってもらえて……嬉しかった。ありがとう。そして俺は……」
俺は君を汚いと思ったことなんて、一度もない。
八雲は最後にそう呟くと、より一層力を込めて小夏を抱きしめた。触れる肌から、指先から。小夏の体をビリビリと電流が走り抜ける。
伝わった。
間違いなく八雲に、自分の気持ちが伝わった。受け入れてもらえた。たとえ応えて貰えなかったとしてもそんな事はもうどうでもよかった。ただその事実が嬉しくて嬉しくて、小夏は溢れ出る涙と嗚咽を止めることができなかった。
「すまない、泣かせてばっかりだな、俺は」
「いっ、いいえ! 違うのです、これは……嬉しくて泣いてるんです。だから幸せな涙なんですよ」
「嬉しくても人は泣くのか?」
「もちろんです! 胸がぽかぽかしてあったかくなって、そしたらじんわりと涙がこぼれてしまうんですよ」
八雲は薄手のTシャツから小夏の涙が染み込んでくるのが分かった。なるほど、確かにあたたかい。だとすれば先程出てきたアレは嬉しくて出てきたものだったのかと、八雲は先程自分の頬を一つだけ伝った涙をぼんやりと思い出していた。
「君と会ってから、俺は知らないことばかりに直面している気がする」
「私だってそうです。男の人を好きになったのも抱きしめられたのも相馬君が初めてですから」
そう言い終わった瞬間、八雲は小夏の両肩を握り、べりりと勢いよく自分から引き剥がした。突然のことに目を白黒させた小夏は目をぱちくりさせ八雲を見返す。
小夏が見上げた先にある八雲の顔は真っ赤に染め上げられ、瞳孔がパックリと開いていた。
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