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ぎこちなく回された大きな腕がもう一度小夏を包む。暖かい。強くて大きくて、何より安心する。塩っぱい涙の味ですら愛しい。ずっとこのままでいたいと願いながら小夏はそっと口を開いた。
「相馬君、大好きです」
「……ありがとう」
「大好きです」
「分かった、ありがとう」
「大好きです」
「分かったから……」
「大好きです」
「……頼む、もう勘弁してくれ」
「嫌です、大好きです」
「……君は、俺が男だってことを忘れてないか」
小夏はパッと顔を上げると、何とも間抜けな顔で首を傾げた。
「分かってますよ? 相馬君は男の人です」
「違う、そうじゃなくて、そう何度も言われると……ああいや、くそ、俺は何を……」
八雲は独り言のようにぶつぶつと呟くと舌打ちをしながら左手で乱暴に頭を引っ掻いた。
その時、突然思い出したかのように八雲のお腹がつんざくような悲鳴をあげた。地獄の底から鳴り響いているかのような音はしばらく地響きのように鳴り続け、最後にキュルキュル……キュウと駄目押しのように鳴くとやっとおさまった。
八雲から体を離し、目を点にしていた小夏は八雲が両手で自らの顔を隠していることに気づく。そこでやっと先程の地鳴りが八雲のお腹の音だということに気がついたのだった。
「その、すまない、なんだか……腹が減った気がする……」
「本当ですか?! よかったです。たくさん詰めてきたんですよ。なんとお味噌汁もあるのです!」
小夏は慌てて八雲をソファに座らせると、テキパキとお重箱を開き、得意顔で魔法瓶から味噌汁を注ぎ始めた。
八雲はソファに身を沈めたままぼんやりと両手を眺める。まだ小夏の温もりと花のような優しい香りが残っているような気がして、あんなことを言ってしまった手前おかしいのだが、何となく名残惜しさを感じてしまうのだった。
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