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小夏は掃除機のように食べ物を吸い込んでいく八雲を飽きもせずに眺めていた。もしかしたらエリザやロイも食べるかもしれないと多めに持ってきていた3段のお重箱だったが、恐らく彼一人で空にしてしまうだろう。そんな勢いだった。
何でこんな幸せな気持ちになるんだろう。
小夏は自分の作ったものを仏頂面でただただ必死に食べ進める八雲の横顔を見るのが前々から好きだった。自分にも彼のためになることがある。そんな風に思えるからかもしれない。
そんなことを思っていると味噌汁を飲み干し一息ついた八雲が再び小夏に向き直っていた。しかし左手にはしっかり追加のおにぎりが握られている。
「他にはないか?」
「他、ですか?」
「あぁ。他に行きたいこと、やりたいこと。してほしいこと。全部やろう。時間はいくらでもある。全部したって君には返しきれないが……」
「そんなこと考えないでください! 私好きでやってるんです。だから……」
「俺だって好きでやっている。駄目なのか?」
八雲はペロリと親指についた米粒を食べると首を傾げた。
好きでやっている……私とどこかへ行ったり何かをしたりすることが?
そのことに気がつくと小夏は自分の頭が爆発したのではと思うほど熱く燃え上がるのが分かった。
「あのっ、あの、えと……う、嬉しいです。光栄です」
「俺ができることなら何でも応えるが?」
「ああ……えっと、あります、たくさん。でもあの……まずは、大変言いにくいのですが……」
「なんだ。言ってみろ」
小夏は言いづらそうにモゴモゴと口を動かしていたが、意を決して口を開いた。
「できれば、まずはその、トイレとお風呂場のカメラを……外してほしい……の、です」
ミシィッ!
八雲は厚焼き卵を取ろうと伸ばした割り箸を思わず握りつぶしてしまった。ミシリと音を立てて真っ二つに折れた割り箸がプラプラと手元で揺れる。
八雲は突然胃の中をひっくり返されたかのような気分に苛まれていたが、頭の上に暗雲を漂わせながら何とか震える口を開いた。
「それは……本当に申し訳なかった。こんなこと言ったって何の意味もなさないだろうが、エリザしか見ていない。本当だ。今日、君を送って行った時に必ず外して捨てる。跡形もなく捨てる。本当にすまない」
「いえ! 私のことを考えてしてくださったのだと理解していますから……だからそんなに落ち込まないでください」
「いや、こんなこと……本来なら許されない。一歩間違えればただの犯罪だ……」
八雲は折れた割り箸をいじいじと動かしながらこうべを垂れ、どんどん深みにはまっていくように気分を落ち込ませていた。
小夏はこれ以上八雲を消沈させたくなくて、無理矢理声を明るくはりあげる。
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