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「あっ、あの! 私水族館とか映画館とか行ったことなくってですね! ぜひ相馬君と一緒に行けたら嬉しいのですが」
「……他には?」
「あっ、あー……こないだ駅前にできたタピオカ屋さんにも行きたいです! 」
「………他には」
「えっ、他ですか? えーと、えーと……あ!」
「……」
「あの……できればこれからは……毎日一緒に学校へ行っひゃっ!!」
小夏はびくりと肩を揺らした。右肩に暖かくて重たい感触がずっしりと感じられたからだ。
そっと顔をそちらへ向けると硬い黒髪がつんつんと小夏の頬に刺さる。そっと下から覗き見ると、目を閉じた八雲がすうすうと寝息をたてていた。
「相馬君って寝るんですね……はっ、相馬君は人間です! 寝るなんて当たり前じゃないですか! で、でも……」
人前で寝てしまうなんて余程疲れていたんでしょうね。
小夏は心の中で呟くと、八雲の手からゆっくり真っ二つに折れた割り箸を抜き取った。ソファの背もたれにかけてあったブランケットを広げ、そっと八雲にかける。
自分の方に寄りかかり、いつもの仏頂面とは真逆の、何とも安心しきった八雲の寝顔を見て小夏は不思議と満たされた気分になっていた。きっと、少なくとも自分は八雲に信頼してもらえてるのだと、自然と頬が緩む。
右肩に暖かい感触と規則正しい寝息を聞いていると、小夏はいつの間にか自分も疲れていたことを思い出し、ゆるゆると瞼が下がってきていた。
「相馬君、私……これからは毎日一緒に登下校したいです。後ろからじゃなくって……一緒、に……」
「……分かった、善処する」
「っ!」
あわてて隣を見ると、僅かに目を開けた八雲の顔が鼻先数センチのところにあった。
「おっ、起き、起きてらしたんで、すか?」
「ああ……起きている、のか? いや、起きてる……起きて………」
「ふふ、もう大丈夫です。相馬君、休んでください。もう、大丈夫ですからね」
「大丈夫。か……よかった。旭の匂いは……眠くなる……」
八雲は最後にそう呟くと、また規則正しく寝息をたて始めた。
小夏は八雲が寝入ったのを確認すると柔らかく微笑む。そして一度だけ小さくあくびをすると、そっと八雲の肩に頭を預けた。
「相馬君、大好きです」
小夏は今日何度目になるか分からないほど言った言葉をもう一度口にすると、ゆっくり目を閉じた。
暖かくてじんわりとほどけるような睡魔が体を包み込む。
今日は何だかとてもいい夢が見られそう。
自然と緩む頬と、何とも言えない幸福感を感じながら、小夏の意識はだんだんと夢の中へ落ちていくのだった。
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