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「旭さんのこと……好きなんだ?」
「上手く……言えない。俺には彼女が眩し過ぎて……側にいるべきじゃないって今もまだどこかで思っている」
「相馬、お前それは間違っ」
「でも昨日! 昨日……お前と旭が並んで帰ってるのを見て……とにかく嫌、だった。俺が言えるのはそれだけだ」
八雲はみるみる赤くなっていく顔を隠すように後ろを向いた。黒髪から覗く耳が赤黒く変色している。そんな様を見つめていた一樹はしばらく唖然としていたが、徐々に込み上げてくる何とも言えない感情に思わず笑みがこぼれてしまった。
相馬八雲以上に自分の恋路の障害になる人物はいない。分かりきっているのに、あの仏頂面でどこか冷めている八雲がこんなにも自分に感情を露わにしてくれることが嬉しくてならなかった。
一樹は八雲を背面からガバッと抱きしめる。びくりと跳ねた八雲が抵抗を見せるが、鍛え抜かれた細いながらも無駄のない一樹の両腕がそれを許さなかった。
「……おい、なんのマネだ」
「だって、だって嬉しいじゃんか。俺たち友達でライバルなんだぜ? 最強だよ!」
「友達で、ライバル……?」
「そうだよ。俺、なんかさ、やっと相馬と友達になれたような気がする。嬉しいんだよ」
男に抱きしめられて嬉しいわけがない。わけがないのに八雲はまた感じたことのない暖かくてくすぐったい気分を味わっていた。心地が悪いどころか、不思議と高揚する。悪くない。
でも絶対言ってやりたくない。
そんな天邪鬼を頭の中で呟きながら、八雲はそっと口角をあげた。恐らく跳ね除けようと思えば間違いなくできるだろう。でも今だけは、と一樹にされるがままにしてやった。
「うわ、ヤバイもん見ちゃった。ちょっと噂になってたけど、あんたら正真正銘、マジなやつだったの?」
「仲がよろしいのは素晴らしいことですよ、向日葵ちゃん」
いつのまにか背後に立っていた小夏と向日葵に驚いた2人はあっという間に離散した。向日葵は下世話ないやらしい顔でほくそ笑み、小夏は心から嬉しそうに微笑んでいる。
「おい、違う。今のは親友同士のスキンシップだ。だろ? 相馬」
「突然抱きつかれたんだ。俺は被害者だ」
「うわ、俺今普っ通に裏切られた。ってかついさっき親友宣言したばっかじゃねぇか!」
「どうだかな」
「こんの裏切り者ー!」
慌てふためきプンスカ怒る一樹を眺め、八雲はまた心底可笑しそうに喉を鳴らして笑っていた。
それに面食らった向日葵は思わず小夏を見返す。小夏はただただ穏やかに微笑み首を傾けた。
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