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ずっとBlack Cubeとのシンクロに必要なのは、身を滅ぼすほどの負の感情エネルギーだとばかり考えていた。なぜならボスがそうだからだ。
左目に強制的に移植された、当時試作段階だったBlack Cube。その左目が最初に見せたのは戦争、破壊、死。
息もつかせないほどの負の感情が蠢くエネルギーの集合体に飲み込まれた彼は、うねる精神世界の中で何度も発狂し息絶えた。
それを狂う程何度も何度も繰り返しやっと意識を取り戻した時、もう以前のような聡明で凛々しく明るい、幼き彼はどこにもいなかった。
ただ、もう何十もいたずらに歳をとってしまったかのような感覚だけが、重苦しくその小さな背中にのしかかるのだった。
同じく兄の右目に移植されたBlack Cubeが兄に何を見せたのか、ついぞ分からなかった。しかし、弟である彼が見たものは間違いなく世界の理を手に入れた者の行き着く先。Black Cubeを利用した世界の成れの果てだった。
資料にはNo.4 你 顯龍のサインがある。そこには旭小夏とBlack Cubeのシンクロは負の感情の揺らぎではほとんど変化が見られないことが記されていた。
なのにここ数ヶ月で急激な変化が見られてしまった。それはプロである彼らの監視態勢がバレていたことからも明白だった。
では何故、今の今まで見られなかった覚醒がこの短期間で見られたのか。彼女の中に起こった一つの変化。それは紛れもなく、No.8 相馬八雲との出会いだった。
資料は早急に旭小夏との接触を図り、検査を行うべきであるという進言で締めくくられていた。
「BCは……愛でも知ろうとしているのか?」
「理屈でないものを欲している可能性は否定できません。ボス、今すぐNo.8をこの任務から外すべきです。これ以上彼女とBCとの侵食を深めさせる訳には」
「まだ仮説だ。そうだって決まった訳じゃない」
オリバーはまだそんなことを、と眉間に皺を寄せた。ボスの左目が否定していない。それだけでももう十分にそれは仮説ではなくなっていた。
「不満は分かる。認めて欲しいなら敢えて言おうか? 僕は八雲に明らかな思い入れをしているよ。他の部下とは違う。僕は彼を自分の子どもだと思ってる。だから彼の信条に反することはしたくない。それにきっと八雲は僕が何を言ったってこの任務から離れるつもりはないと思うよ」
「ボスのお言葉でも、ですか」
「愛は強大だよ。僕はさ……今だって心のどこかで喜んでる。もしかしたら彼女をただの兵器に仕立て上げているだけかもしれないのに、八雲に大切な守るべき人間ができたことを嬉しく思ってるんだ。僕は……狂ってるんだろうね。そして……」
ボスは気の抜けた、健やかな顔をして眠る八雲と小夏の2人をモニター越しに見つめながら小さく息を吐いた。
「本当の事を知ったら、八雲は僕を真底恨むだろう」
プツン、と音を立ててモニターのライトが落とされた。燭台に灯っている僅かな火だけが部屋をぼんやりと照らす。
ボスはソファーからそっと降りると杖を取り出し力なく歩き始めた。
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