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「あのさぁ、あんた、俺にこうされる理由分かってるよね?」
「えっ……と、ごめんなさい。よく分からな」
「覚えてねぇ訳ないだろ! そもそも俺の顔を知らない女がこの学校にいるはずがねぇ!」
「ひっ……」
小夏はびくりと肩を揺らせた。大河の後ろで待機している他のサッカー部員がケラケラと笑い始めたが、大河が渾身の睨みをきかせなんとか黙らせる。
「そもそも先輩への態度がなってないんだよ……アンタのお友達、相馬八雲だったか。放課後屋上に連れてきてくんないかな。落とし前つけさせたいんだよね」
「おっ、落とし前なんて……相馬君が先輩に何かしたのですか? それでしたら私が謝ります! どうか、どうか相馬君に酷いことはしないでくださっ」
「何かしたのですか? だと?……ふっざけんな! 馬鹿にすんのも大概にしろよ。アイツがした事、許せそうにないんだわ。サッカー部の威信にも関わんだよ!」
小夏の鼻先に茶髪がかかりそうなほど顔を近づけた大河は鋭めの犬歯を剥き出しにして小夏をギロリと睨みつけた。しかし小夏は瞳に涙を溜めながらも強く見返す。小夏の気丈な態度に大河は苦々しく舌打ちをした。
大河の脳裏には見るも無残に変化してしまった高校生活が蘇っていた。歩くだけで浴びせかけられていた黄色い声援はクスクス笑いに変わり、ヘタクソのレッテルを貼られ、可愛いサッカー部のマネージャー達は皆辞めてしまった。
あとたった数ヶ月の高校生活だったのに。それが生きがいだった大河にとって、ーー例えそれが男として最低な方法だったとしても、なりふり構っていられなかった。
なんとか、どうにかして相馬八雲に一泡吹かせてやりたい。今の大河が辱めを受けながらも学校に通う理由はただそれだけだった。
「相馬八雲に伝えろ。有坂大河がお前に用がある。放課後屋上に来いってな!」
大河がそう声を上げた時だった。
あろうことか、小夏は大河を見ることなく頭上を見上げていた。その目は焦点が合わないようにぼんやりと遠くを見つめており、ピクリとも動かない。
大河は一瞬だけその異様な雰囲気に身震いをしたが、すぐに我に帰ると声を荒げた。
「おいお前聞いてんのかっ」
「相馬君ダメです!!!」
突然大きな声を上げた小夏に、大河は思わず舌を噛んだ。痛みに耐えながら何とか視線を上げるが、そこには何もなく校舎の窓が連なっているだけ。
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