579人が本棚に入れています
本棚に追加
「仕方ないな。善処しよう」
「相馬君……!」
「おい、俺を無視するんじゃねぇ!!」
八雲はぽんぽんと落ち着かせるように小夏の頭を撫でると、もう一度大河に向き直った。しかし先程まで目一杯に滲み出ていた殺意は消え去っている。ただただ冷静に真下を見つめており、口元では小さく深呼吸をしていた。
八雲が諦めたと思ったのか、大河を含めサッカー部員達が僅かに士気を取り戻す。各々拳を握りこみ、ジリジリと八雲に詰め寄ると一気に襲いかかった、その時だった。
妙な呼吸法を終えた八雲はそっと視線を上げた。その冷ややかな視線に部員達はびくりと肩を震わせ、一瞬立ち止まる。
八雲はコキリと首を鳴らすと、左手をスッと前へ出し挑発するように手招きした。
「かかってこい、三流。格の違いを見せてやる」
「こっ、コケにすんのもいい加減にしやがれぇえええ!!」
叫び声を上げた大河は、他の部員とまとめて八雲に襲いかかる。小夏はあまりの恐怖に両手で顔を覆い思わず目をつぶった。しかし待てど暮らせどあるはずの打撃音が全く聞こえてこない。
怪訝に思った小夏は、指の隙間からそっと様子を覗き見る。しかしそこにあった異様な光景に、小夏は両目を見開きポロリと両手を落としてしまった。
殴りかかった部員の拳を八雲は抵抗することなく受け入れる。そしてそのまま後ろへ引くと、相手は勢いそのままに先へ吹っ飛んで行ってしまった。
その後も冷静に目を見開き相手の動きをつぶさに観察していた八雲は、次々と流れるように攻撃を受け流していく。ぶつかり合うことなくいなされた力は、為す術なく流されるしかない。
ものの1分足らず。
八雲は小夏の言いつけ通り一度も反撃することなく全員を片付けてしまった。八雲の背後には息巻いていた部員達の屍の山ができている。その山の隙間から大河がずりずりとゾンビのように這い出てきた。
「お前……一体、な、にを……」
「システマ、というらしいな。ロシア軍隊の実践的格闘術だ。一度明鈴に叩き込まれた覚えがある」
「めい、りんて……誰」
大河はそう呟くと、チーンという音が聞こえてきそうなほど、カクリと首を折り、遂に意識を手放してしまった。
最初のコメントを投稿しよう!