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「相馬君っ、お怪我は……!!」
小夏が弾かれたように八雲の元へ走る。八雲は小さく息を吐くと、また律儀に第1ボタンを留め直した。
「見ての通りだ。これでしばらくは大人しくなるだろう。巻き込んですまなかったな」
「いいえ、私こそ……でも……」
これじゃあまた恨みを買ってしまっただけなのでは……
小夏はすぐそこまで言葉が出てきていたのだが、そのまま飲み込むことにした。八雲は自分のお願い通り本当に暴力を振るわなかったからだ。相手は1人残らず倒してしまったのだけれど。
「あまり……無理なさらないでくださいね」
「ん? あぁ、無理はしていない。そろそろ授業が始まる。急ごう」
絶対分かってない。
小夏は僅かに口を尖らせたが、そんな彼女の心配など知る由もない。八雲はいつもの仏頂面でさも当たり前のように小夏へ手を差し出した。
小夏の体がぴくりと跳ね、頬にサッと熱がさす。八雲に気持ちを伝えたあの日から数週間たったが、小夏と八雲の関係はガラリと変わった。
しかし変わったのは主に八雲の方だ。
毎朝必ず小夏を迎えに行き、向日葵や一樹と共に登校するようになった。いつも消えるように居なくなっていたお昼休憩も4人で昼食をとるようになり、帰りも小夏と一緒に下校する。
そして荷物持ちのため夕飯の買い出しに付き合い、2日に1度は一緒に夕食を食べ、小夏が寝る直前まで家に居るようになっていた。
そして何より変わったのはこうして何のためらいもなく触れてくれることだ。
小夏はずっと八雲との間に見えない壁を感じていた。緊急事態を除いて、八雲が小夏になるべく触れないようにしていることを、小夏自身気づいていたからだ。
今はあの頃の寂しさが懐かしくなるほど。頭を撫でられても手を繋がれてもどぎまぎしてしまうのはいつも小夏の方で。
あまりの自然な所作にこれはお国柄なのかもしれないと小夏は思っていたが、そのうち挨拶がわりに頬にキスまでされてしまうのではないかと気が気ではなかった。
相馬君に限ってそんなこと……あるはずないんですけどね。
小夏はそんなことを心の中で呟きながら顔を上げる。するとそこにはなかなか手を出してこない小夏に対してキョトンと首をかしげる八雲がいて。
どうであれ、嬉しいことには変わりがない。小夏はやっと恥ずかしげに微笑みながらその手をそっと取るのだった。
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